社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

第2話 お見合い相手は②

こういう事に慣れるのは、よくないと分かりつつも、家の為だと言い聞かせる。
「そうだ。礼奈、話があるの。私の部屋に来て。」
「うん、いいけど。」
いつもお世話になっている芹香に言われたら、断れない。
私は、執事の人からお金を受け取ると、芹香と一緒に2階への階段を登った。

芹香の部屋は、2階の中央にあった。
「ここよ。」
芹香が部屋のドアを開けると、これぞお嬢様の部屋という豪華さが広がる。
芹香の部屋に入るのは、初めてじゃないけれど、年々豪華さが増して行っているような気がした。

「ここに座って。」
「うん。」
可愛いピンクの椅子。
私には、程遠い世界。
そして芹香は、向かい側の席に座った。

「あのね、礼奈にお願いがあるの。」
「お願い?私に?」
何だろうと思った。
何でも願いが叶う芹香が、私にお願い事をするなんて。
お金をいつも借りている手前、できる事は何でもしようと思った。
芹香から、話を聞くまでは。

「実は、お見合いを断って欲しいの。」
芹香は、私の目の前で両手を合わせた。
「お見合いって……結婚するの?芹香。」
「嫌よ。私にはまだ早いもん。」
芹香は、昔から自分の意見を、はっきり持っていた。
今回だって、お父さんにはっきり嫌だって、言えばいいのに。

「お父さんには言ったの?嫌だって。」
「言ったよ。でも、一度会うだけだからって。」
「会ってみたら、いいじゃない。」
「それが、会ったら強引に話が進みそうで怖いのよ。」
何だか、お金持ちの政略結婚という言葉が、頭の中に浮かんだ。
「私、好きな人もいるし。ね、礼奈。お願い。」
ここまでお願いされるなんて、出会ってから初めてかもしれない。

「何で私なの?」
一応理由を聞いておく。
「私が行ったって、相手は芹香じゃないって、分かるんじゃない?」
「写真は交換してないし。それに礼奈は、お嬢様っぽく見えるもん。」
「えっ……」

私がお嬢様っぽく見える?
こんな貧乏な工場で働いている私が?
「服は私が貸すから。ねえ、お願いだよ。私の人生がかかっているんだから。」
私は、さっき借りたばかりのお金を、握りしめた。

これからも、工場の事で芹香にお金を借りるかもしれない。
その時に、この話を断った事で、芹香が渋ったら?

「分かった。そこまでお願いされたら、やるよ。」
「よかった。有難う、礼奈。」
芹香は本当に嬉しそうだった。
「日付は今度の日曜日。時間は15時。東帝ホテルのラウンジでね。」
「東帝ホテル……」
流石はお金持ちのお見合い。
一般庶民が行く場所じゃない。

「行く前に、私の家に寄って。洋服を着替えて、メイクして。車も準備するわ。」
「うん。分かった。」
準備万端。
芹香は私が断ったら、どうしていたのだろう。
それとも、お金を貸しているから、断らないと思っていたのかな。
どちらにしても、お見合いを断るって、容易な事じゃない。
「断る理由はどうするの?」
「ああ、適当に言っておいて。」
「分かった。」

私が適当に答えて、沢井の家に傷が付かないのかとも思ったけれど、お見合い一つ断ったぐらいで、揺らぐような家でもない事も知っている。
そして私は、芹香の家を出て、仕入れ先の銀行口座に借りたお金を振り込み、相手に電話して明日糸の仕入れをお願いした。

それにしても、人って分からないものだ。
私が芹香の代理で、お見合いを断るのだから。
相手はどんな人なのだろう。
一瞬考えたけれど、断るのにそんな事いちいち、考えていられないとも思った。

そして、日曜日。
私は芹香の家にお邪魔して、洋服を着替え、使用人の人にメイクをして貰った。
「いい?礼奈。今日は沢井芹香でお願いよ。」
「うん。あくまで芹香として、お見合いを断るのね。」
「そう。さすが礼奈は、頭がいい。」
鏡の中の私を見ると、一瞬でもお嬢様に見える。
「お車、用意できました。」
使用人の方が声を掛けて来て、私は芹香の家の車に乗った。

東帝ホテルに着いたのは、約束の時間の10分前だった。
ラウンジに行くと、沢山の人が椅子に座っている。
さて。この中から、どうやって相手の人を見つけるのか。
私は、芹香に質問した。
【水色のワンピースを着ているって、相手には伝えてある。】
答えは、大人しく待っていろって事ね。
私は、近くにあるソファーに座った。

すると、私に近づいてくる一人の男性がいた。
「沢井芹香さんですね。」
「はい、沢井です。」
私は立ち上がって、相手の人の顔を見て、ハッとした。
「黒崎信一郎と言います。今日は宜しくお願いします。」
「宜しく、お願いします。」

端正な顔立ち、落ち着いた物腰、優しそうな笑顔。
どれをとっても、素敵な人である事は間違いなかった。

「今日は、来て頂いて有難うございます。僕は、こういう者です。」
渡された名刺には、マーケティング会社の社長と書いてあった。
「社長さん?」
「ええ。父の代からやっている会社です。」
御曹司。社長。ハイスペックな人って、本当にいるんだと思った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品