乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

21話 月と太陽

 私はオスカーに連れられ、夜会を抜け出した。
 向かった先は、シルフォード伯爵邸の庭園だ。

「丁寧に手入れされた庭ですね。とても美しいです」

 夜の闇の中に浮かび上がる幻想的な光景。
 月明かりに照らされて輝く花々が、昼間とは違う美しさを演出していた。

「……あれ? でも、なぜこんなに輝いているのかしら? それに、ちょっと寒いような……」

「これは失礼致しました。こちらをどうぞ」

 オスカーは私に上着を貸してくれた。
 薄めの生地だけれど、ないよりもいいことは間違いない。
 彼の厚意を有り難く受け取ることにする。

「ありがとうございます。……あら? ずいぶんと温かい上着ですね」

「ええ。それは冷寒に対する耐性を付与していますから」

 冷寒の耐性を持つ魔法具の一種だったか。
 『ドララ』では主に戦闘の時だけ役に立つ装備だけれど。
 この世界では、こうして日常にも役立つんだなあ。

「シルフォード伯爵家は、氷魔法がお得意なのでしたね。ということは、この庭の花々も……」

「ええ。実は、氷魔法で作られたものになります」

「そうなんですか。やはり凄いですね」

 私は称賛の言葉を口にする。
 実際、シルフォード伯爵家の氷魔法はかなりのものだ。
 私も畑仕事に役立つ魔法を中心にいろいろと練習しているけれど……。
 氷魔法については、さほどうまくない。
 自分にできないことができる人というのは、眩しく見える。

「氷魔法なんて、別に凄いものではありませんよ。冷たく、寒く、暗い魔法です」

「そ、そんなことは……」

 ネガティブなことを言い出したオスカーに、私は掛ける言葉が咄嗟に思い浮かばなかった。

「まあ、氷魔法のことは置いておきましょう」

 彼はそう言って、空気を仕切り直す。

「イザベラ殿、空を見てください」

「空ですか?」

 私は夜空を見上げる。
 この『ドララ』においては、地球と同じような星々が空に輝いている。

「今宵は月が綺麗ですね」

「え? あっ……はい。本当に綺麗です」

 突然、オスカーがロマンチックなことを言い出してきた。
 ちょっと驚いたけど、確かに今日は満月で、とても美しい夜空だ。

「イザベラ殿。これから二人で楽しいことを始めましょうか。大丈夫です。悪いようには致しませんから」

「え、あの……。何をなさるんですか……!?」

「すぐにわかりますよ。ほら、もっと近づいて。ああ、いい香りがしますね……」

 オスカーが距離を詰めてくる。
 私は後退りをしようとするが、背後にあった柱に退路を阻まれてしまう。

「逃がしませんよ。さあ、まずは手始めに、貴方の唇を奪いましょうか」

「やっ……!」

 私は思わず目を瞑った。
 ファーストキスを奪われる!

「…………なんて冗談ですよ。ご安心ください」

 オスカーは私の肩を掴んで離すと、悪戯っぽく笑ってそう言った。

「驚かせてしまいましたかね? 申し訳ありません」

「いえ、その……はい」

 ドキドキしてしまった自分が恥ずかしかった。
 オスカーがこんなことをしてくるとは思わなかったのだ。

「イザベラ殿。今宵の月はとても美しいですよね」

「は、はい……」

 まだ心臓の鼓動が収まらない。

「月は太陽の光を受けて輝くといいます。しかし、もし太陽がなければ月は輝くことができないのです」

「…………」

 私は黙って話を聞いていた。

「氷魔法士を輩出するシルフォード伯爵家は、さしずめ月のような存在でしょうか」

「えっと、どういう意味なんでしょう……?」

 オスカーが言いたいことがイマイチ分からない。
 義弟のフレッドなら懇切丁寧に教えてくれるし、騎士見習いのカインならストレートに説明する。
 エドワード殿下も結構単純なタイプだ。
 オスカーのような婉曲的な表現は用いない。

「月は太陽なしでは輝き続けることができないと言いたかっただけです。イザベラ殿は、まるで太陽のようです」

「私が、太陽みたいだなんて……」

 私はそんな大それた人間ではない。
 むしろ、自分のバッドエンドを回避するために、いろいろと悩んでいる小さな人間だ。

「イザベラ殿は、きっと素晴らしい女性になると思いますよ。私には分かるのです」

「ありがとうございます。でも、どうして急にそのような話を……?」

 オスカーとは、特にこれといった接点はなかった。
 私のことは噂話程度に聞いていたのだろうが、直接話すのは今日が初めてだ。

「……少し話し過ぎたようです。会場に戻ることに致しましょう」

 オスカーはそう言うと、歩き始めた。
 私は彼の後ろ姿を見ながら、彼のおかしな態度に首を傾げたのだった。

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