悪役令嬢にはブラック企業で働いてもらいます

ガイア

帰ってきてもらいます

ピッと電話を切った八木杉は、放心状態だった。
 
「ど、どういうことなのよ!どういうこと!八木杉!」

「上司の山田さんは、最初こう言ってたんだ」

『一日で山に登って降りてきて明日の出勤時間にはちゃんと会社に出勤してね。大丈夫大丈夫。会社の先輩は皆やり遂げてるから』

「頂上まで行けなんて一言も言ってないんだよ」

「はぁああ!?」

私は驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げて八木杉に掴みかかりそうになった。

「成る程...オレらは、頂上に登ってこいとは言われなかった。代わりに言われていたのは、『明日出勤するように』って事だった。つまりオレらは、山登りを明日出勤すべく切り上げて山を降りてこないといけなかったんだ」

「そんなのわかるわけないじゃないの!」

「いや、歴代の先輩はそうしてるみたいだ...」

「じゃあ...さっさと山を降りてきてよかったって事なの...くっ...絶対許さないわ。あのクソハゲ...戻ったらどうしてくれようかしら」

「どうにもしないでくださいね。溝沼さん。上司ですからね」

総司に注意されるけど、私の怒りは収まらない。

「山を登れって言ったら頂上まで登るって思うじゃないの!!」

「まぁ...仕方がない。いつも仕事頑張ってくれてるから大目に見てくれるって」

「公休まで使わせといて...当たり前よ!」

そういえば、理沙はさっきから一言も言葉を発してないわね。ショックで言葉も出せないのかしら。

理沙を見ると、胸を撫で下ろしていた。

「何で安心してるのよ理沙」

「え?出勤...怒られなくてよかったなって思って」

「ブレないわね...」

***

私達は無事に山を降り、次の日に出勤したわ。
八木杉が先輩に、驚かれていたわ。

「いや、マジで登ったの?頂上まで」

「はい、いい経験ができました!」

爽やかに答える八木杉を見て、先輩達は顔を見合わせた。

「いやー、俺達揉めたんだよ。頂上まで登るか、出勤するか。それでさ、出勤する為には、途中で諦めるしかないって事で断念して降りてきたんだよ。もうね、降りる時には皆俯いて一言も発さず山を降りてたよ」

「そうだったんですね。オレ達なんて頂上で写真まで撮ってもらって帰ってきましたよ」

あはは!と笑う八木杉を見て、先輩達も笑っていた。

「そうそう!写真届いたよ!」

八木杉から、山で撮った写真が一枚ずつ配られた。

八木杉と総司は笑顔で二本指を立てていた。
恥ずかしそうに、理沙も。
私はこれでいいの?って顔で二本指を立てていたわ。
この写真っていうの?どうすればいいのよ...。

「あ、灰子ちゃん。山小屋の写真が届いたら入れようと思って写真たて二つ買ってきたの」

理沙は青、私はピンクの写真たてという四角い薄い板をもらった。
理沙はそれに写真を入れて、会社の机に置いた。
私も同じようにして机に。

「...ま、大変だったけど...こうして写真で見ると悪くなかったって思えるかもね」


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