君、異世界生活で学んだことは⁈

ゆちば

第1話 君、異世界生活で学んだことは⁈

 わたしは今、日本の大手ゲームメーカー、株式会社スタートイの新規採用面接中だ。
 といっても、面接を受けに来たわけではない。わたしは、面接官。採用かどうかを判断する側だ。


 わたしはスタートイの面接官の役割を担っているのだが、この役割は非常に疲れるし、うんざりする。何故なら、就活生たちは皆、何処かで聞いたような文言をコピーロボットのように話すからだ。


「私は異世界での冒険を通して、仲間の大切さを学びました」
「自分は異世界で日本製品を売買し、商売のやりがいを感じました」
「私が異世界の社交界で身に付けたコミュニケーション能力は、御社で活かすことができます」


 はぁ。異世界で無双すると、個性が埋没しがちなのは何故だろう。


 わたしは、今日もため息をつく。


 そう。今の日本では、異世界トリップは珍しくない。10人に7人くらいは経験する。
 なにも、トラックや過労死だけがトリップする方法ではない。
 ゲームにログインしたらキャラクターになっていただとか、クラスごと召喚されただとか、神様の手違いで……、なんかはよくある話だ。
 そしてそれは、引き篭りも、社畜も、アラサーも関係なく、誰しも突然起こり得る現象であり、日本人はそれを受け入れている。


 もちろん、行ったきり帰って来ないパターンもある。
 異世界が楽しすぎて永住したり、イケメンに溺愛されて幸せになったり、残念ながら、そもそも帰れない契約でのトリップだったりする。


 しかし、推計ではあるが、異世界トリップ者の半数は日本に戻って来ており、元の生活を再開しているという。


 わたしは日本から異世界トリップをしたことがないので気持ちは分からないが、「家族や恋人に会いたい」、「少年ジャンプの続きを読みたい」「SNSを更新しなきゃ」、などというアンケート結果を雑誌で見かけたことがある。


 いずれにせよ、好きなモノをそう簡単に手放せるほど、日本人は人生をリセットしたいわけではないらしい。


 そして社会の風潮として、異世界トリップで貴重な経験をした者への評価は非常に高い。


 とくに就活生に於いては、異世界で何を学んだかが出身大学よりも重要だ。


 この時期のニュース番組なんかでは、就活生が「どこの異世界で何をしたか?」などとインタビューを受けており、嬉々として回答している姿を頻回に目撃する。


「魔王軍に滅ぼされかけていた国で、勇者をしました」
「魔法学園で、没落貴族の汚名を返上しました」
「王女でしたが、婚約破棄してきました」


 わたしが人事に関わる人間でなければ、「へぇ。苦労したんだね」で済む話なのだが、職業柄そうはいかない。


 わたしは、彼らに問い掛けなければならないのだから。


 具体的に何をしたの? 
 その過程で得たものは?
 それが、どう社会の役に立つの?
 




 ❶桜木結衣奈(27)


「私は、聖女として異世界に召喚され、人々に癒しを与えました」


 可愛らしい見た目に反してハキハキと話す彼女は、面接官メンバーの評価は高い。そんなことはないのだが、もしスタートイが外見採用なら、一番に採用するだろう。


「桜木さん。癒し、とは具体的には?」


「はい。私は、聖域で和カフェを経営し、人々に料理を振る舞いました」


「料理? 何故ですか?」


「聖女といっても、私の他に三人召喚されていて、最も魔力量が少ない自分にできることを模索した結果です。身分や種族の垣根を越えた、あたたかい場所を作ることができました」


「ほう。身分や種族を越えた……とは、どのような方々ですか?」


「はい。平民や貴族、亜人など、分け隔てなく! みんなでテーブルを囲みました」 


 さすがは、三次面接に残っているだけはある。キラキラとした瞳で滞りなく答える桜木は、自信に満ち溢れている。


 でも、うちの会社はそう甘くないよ。


 わたしは少しだけ意地悪い気持ちになって、手を口の両端に添え、メガホンの代わりにして話した。


「そうですか。では、本当はどんな方が来ていたのですか?」


 わたしの質問に、桜木は「えっ⁈」と困惑した表情を浮かべた。


「あの、先ほども申し上げた通り……。もちろん、イケメンの貴族騎士たちです。イケメンの胃袋を掴まないと、異世界に行く意味なんてないですよ!」


 ほら、やっぱりね。


 わたしは、自分の言葉に驚愕する桜木を見ながら、「そうですか。イケメン貴族騎士ですか」と頷いた。


 何を隠そう、わたしは異世界から逆に日本にトリップしてきた人間なのだ。
 わたしのスキル【暴露】を使えば、問い掛けられた者は、一切の偽りを述べることができない。


 そして社長からは、「三次面接は、これを使って就活生の本音を丸裸にするように」と仰せつかっているため、わたしは使用を躊躇わない所存だ。


「では、そのイケメンたちは、あなたの料理で癒されたと? 聖女の料理には、癒しの力があるんですか?」


「いえ。聖女の肩書きそのものが、いいブランドなんです。イケメンがわらわら寄ってきました。私の作る和食を珍しがってくれて。……って、私、また変なこと言ってる!」


「いいえ。桜木さん、その調子でどうぞ」


「あのっ、わ、わたし……。ちがっ」


 桜木はしどろもどろで否定しようとしているが、この面接室で彼女を救う者はいない。わたしは容赦はしないし、集団面接で順番を待つ者たちは、冷や汗をかいて黙っている。


「焦らなくていいですよ、桜木さん。で、その和カフェを辞めて、なぜ我が社を志望されたのですか?」


「辞めたのではなくて、お店が潰れました……」


「潰れた? 何故ですか?」


「料理やスイーツは、初めは喜ばれたのですが、徐々に素人モノだとばれていって、お客さんが減っていきました。そうなると、従業員にお給料が払えなくなって、稼ぐために料理を値上げしたら、ますます客足が遠のいてしまって……。さ、最後には、家賃が払えなくなり、聖域の管理者から立ち退きを迫られました……」


 あーあ。もう、半泣きじゃないか。可哀想に、ってわたしのせいだけど。


「そうでしたか。だから、あなたは聖女の職を辞して、日本に戻って来られたわけですか?」


 マイルドに言ったが、十中八九、異世界から逃げ帰って来た、もしくは強制送還されたのどちらかだ。


 世の中、たとえ異世界だからといって、決して甘くはない。英雄談を語れる者など、ごく僅か。大抵のトリップ者は、嘘をついて自らを飾るのだが、桜木も例に漏れないように思われた。


 しかし──。


「……わ、私が日本に戻って来たのは、勉強のためです」


 意外な展開だ。ただ出戻ってきた見栄っ張り聖女じゃないのかも。


「異世界では、聖女の地位にあぐらをかいて、雰囲気でカフェ経営に乗り出してしまいました。物の需要も賃金の相場も労働基準も知らず、ただ楽しそうという理由で始めてしまったことが、私の失敗です」


 桜木は、先ほどまでは慌てていたが、落ち着きを取り戻したらしい。再びハキハキと話し始めた。


「異世界での失敗を反省し、私は大学に入り直し、経営について学びました。ヒト、モノ、オカネの流れを把握する能力は、御社できっと役に立ちます」


「実績はあるの?」


「ありませんが、御社に入社した暁には、結果で証明致します」


 ほう。なかなか言うじゃないか。立て直したね、桜木さん。


 わたしは微笑みながら、次の履歴書をめくった。






 ❷仙道蓮(21) 


「姓はセンドウ、名はレンと申します! タイダルニアって異世界で、Sランク冒険者やってました」


 仙道は、よく言えば明るくて華がある。悪く言えば、軽くてチャラそうな印象の男の子だ。この手のタイプは、夢のハーレムを形成しがちなのだが、果たして仙道はどうか。


 さて、まずは【暴露】スキルなしでいくとするか。


「仙道君、あなたの自己PRしてくれますか」


「はい! 僕は、協調性に自信があります。なぜなら、異世界では仲間たちと共に旅をして、共に戦ってきたからです。とくに、バトルでは僕は司令塔として仲間に指示を出し、Sランククエストを何度も成功させました」


 わぁ。耳にタコができるほど聞いたテンプレ文章だ。


 しかし、異世界トリップ者ばかりがパーティの司令塔をやっているわけがない。寧ろ、よほどのカリスマ性がなければ、ポッと出の日本人の若者がバトルを仕切るなんて有り得ない。


「仲間と上手く戦ってきたんですね。ちなみに仙道君自身は、どのようにして戦っていたのですか?」


「はい。僕は、アサシンとして戦いました。異世界にトリップした時に女神様から授かった【経験値10倍】のスキルで、バリバリレベルアップして、それはもうスパーンッと!」


 出た出た。女神様とチートスキル。この辺りが臭いな。


「では、仙道君は【経験値10倍】のスキルを活かして、仲間と冒険していたのですね。わたしからすると羨ましいスキルですが、仲間の方々からは、あなたはどのような評価を受けていましたか?」


 わたしは穏やかな笑みを浮かべながら、【暴露】のスキルを発動させた。すると仙道は、想定していた質問だと言わんばかりに胸を張った──が、もちろん出てくる言葉は彼が想定しているものではない。


「仲間からは、調子に乗るなと……。あとは、女子メンバーをエロい目で見ていると言われました。って、ええ⁈ オレ、今何つった⁈」


 おいおい。君も桜木と同じようなリアクションだな。これはスタートイ名物の【暴露】面接なんだが、先輩訪問や企業研究を怠っているんじゃないか?


「仙道君。お仲間からなかなかの言われようだけど、本当に上手く連携できていたのですか?」


「いえ。オレ、パーティの輪を乱すからって、追放されたんです」


 これも有りがち。日本人は調子に乗りやすいのか、出る杭はすぐ打たれるのか、割とすぐに追放される。


「あなた自身は、その追放に納得したんですか?」


「そうですね。オレ、【経験値10倍】のスキルのおかげで、序盤はステータス最強だったんですけど、実践の経験が足りなくて、仲間の足を引っ張ってたんです。スキルに甘えてたら、いつの間にかレベルまで仲間に追い抜かれてたし。だから、納得はしてます。でも──」


 仙道は、悔しそうに拳を握りながら口を開く。


「オレを追放したあいつらを、見返してやりたいです。今は、地道にたくさん経験を積んで、しっかり働こうって思ってます」


 この言葉は、心の底から出たものだ。長年面接官をやっているから分かる。


「あなたにそれができますか?」


「パーティを追放されてから一年間は、ギルドの受付事務でお金を稼ぎながら、冒険者養成学校に通ったんです。だから、目標を持って努力を続ける力はあります」


 そして、仙道は日本に帰って来た理由について、「冒険者って生活が不安定だし、歳をとったら続けられないでしょ?」と、笑いながら付け加えた。


 へぇ、意外だ。冒険者をフリーター扱いとは、結構現実を見ているね。


 たしかに、冒険者の収入は安定しない。さらに、勇者や聖女に世界を救われてしまうと失業しがちだし、年齢を重ねると、「あの人、まだ夢とかロマンとか言ってるよ」などと周囲の冷ややかな視線に晒されることも多くなる。実に悲しい話だ。


 わたしは仙道に「ありがとう。座ってください」と言うと、次の履歴書に目を落とした。






 ❸奈々山いろは(24)


「奈々山いろはと申します。私は、乙女ゲームの世界にトリップして、悪役令嬢を経験しました」


 奈々山いろはは、ぽっちゃりとした体型をした、真面目で大人しそうな子だった。どちらかというと地味な顔の部類で、世間の美人でスレンダーな悪役令嬢のイメージとは真逆だ。


「奈々山さんは、乙女ゲームをよくプレイされていたのですか?」


 乙女ゲームは我が社の主力商品の一ジャンルであるため、乙女ゲーム好きの就活生も多い。
 わたしが奈々山にそう問うと、彼女は控えめに頷いた。


「はい。乙女ゲームは大好きです。御社から発売されているものも、全てプレイしています」


「そうですか、ありがとうございます。では、悪役令嬢としての乙女ゲームの異世界は、楽しめましたか?」


「はい。初めは、自分の知っている乙女ゲームだったので、このままだと没落か処刑確定かも……、と焦りました。しかし、ヒロインや王子たちとの関係を良好にすることに努め、楽しい毎日を送ることができました! バッドエンドも回避し、敵国の王子からの寵愛も受けました!」


 彼女の異世界トリップは、容姿が変わるパターンだ。小説やログアウト不可ゲーといったケースに多いのだが、元の数万倍美人になったり、ショタ化やロリ化をしたり、性転換したりする。


 ただ、奈々山は楽しげに語ってはいるものの、どこか苦々しそうな色が見え隠れしていた。


 美人に生まれ変わって、王子に溺愛されて、うはうは……ってわけではなかったのかな? 


 わたしは、【暴露】のスキルを発動させると、奈々山の本音を探りにかかった。


「では奈々山さん。あなたが、異世界生活でとくに頑張ったことは何ですか?」


「社交界での振る舞い方や、円滑な人間関係の構築です。御社で働く際には、社内外で役に立つことを断言致します」


 うーん、これは普通だな。ならば、こっちか。


「あなたが、乙女ゲームの世界から日本に戻って来た理由を教えてください」


 普通、乙女ゲームの世界で成功すると、日本に帰って来ない人がほとんどなのだ。何故なら、素晴らしい容姿を手に入れ、さらに恋が成就したとしたら、わざわざそれを放棄する必要などないからだ。


 さぁ。奈々山さんの成功談の真実やいかに。


 しかし奈々山は、敵国王子溺愛ルートを疑ったわたしの予想を裏切ってくれた。
 彼女は、【暴露】スキルを受け入れたようで、淡々と真実を語ったのだ。


「アラン……、敵国の王子は、私をとても愛してくれました。私も彼を好きになって、両想いになったのですが……。アランが愛したのは本当の私じゃなくて、外身も中身も偽物の令嬢です。私は、バッドエンドを回避しようと、人に気を遣って、可愛い女の子を演じましたが、それがつらかったんです」


 奈々山は異世界での生活を思い出したのか、涙目になっている。柔らかいお肉のついた手の甲で涙を拭う様子を、わたしは黙って見守った。


「私は、自分の容姿や性格に自信がありません。でも、そんな自分をあっさり捨ててしまえるほど、嫌いでもないです。だから、演じている令嬢より、自分らしい奈々山いろはとして生きたいと思ったんです。……面接官さんから見たら、こんな外見の私が贅沢言うな、って感じですよね」


 奈々山は自嘲気味に笑ったが、わたしは「いいえ」と首を横に振った。


「異世界トリップで得るものは、その異世界での幸せや栄光だけである必要はありませんからね」


 元の世界の尊さや、自分の価値を見出すことだって大切だ。






 ❹支倉龍斗(28)


「支倉龍斗と申します。大学2年の時にトラックの玉突き事故に遭い、一度死んでいます。しかし、自分の死は手違いだったと神様に言われ、お詫びに【創造】のスキルを持った状態で、異世界にトリップさせてもらいました」


 おおお。これもしょっちゅう履歴書で見かけるぞ。そして神様は、よほど雑な仕事をしているらしい。


「支倉君が異世界でとくに頑張ったことは何ですか?」


 わたしが尋ねると、支倉は「私は嘘は申しませんので、スキルは使われなくていいですよ」と、釘を刺してきた。どうやら、面接について事前に調べて来ているようだ。


 支倉は、スクエア型の眼鏡を押し上げながら、再び口を開く。


「私がトリップしたのは、廃村寸前の小さな村だったのですが、その村の観光地化に尽力致しました。具体的には、【創造】のスキルを使用して、特産物の生産、温泉施設の整備に力を入れました」


 これも本当に頻繁に聞くぞ。スローライフと農業ってワードこそ使ってないが、何でも作れちゃうスキルで、夢の場所を築くってやつ。


「今、どうせスローライフだろうって、思われました?」


 心を読んだかどうかはさておいて、支倉に鋭く言い当てられてしまったわたしは、「違うのかな?」と冷静に切り返した。


「大きくは違いませんが、自給自足や畑仕事は趣味じゃなかったので、全自動の農業機器や、作業ロボットを作りました。なので、スローではないです」


 おいおい。ハード面の強化がすごいな。


「楽するに越したことはないじゃないですか。機械を作って、使い方を村人に教え込む労力だけで済むんですよ?」


「なるほど。一つの意見として受け取っておきますね」


 支倉は、やりたい放題なスキルを所有していたわけだが、実際にやったことは日本文化の複製だ。そして異世界の住人にとっては新しく珍しいためか、それらは異常にもてはやされる傾向にある。


 それで成功しても、君の手柄じゃないよ。過去の偉人たちの模倣に過ぎない。


「では、支倉君は町づくりをしてきたようだけど、スタートイに来たら何がやりたいですか?」


 うちよりも、役所の観光課や地域推進課の方が向いてるんじゃない?


 そんな言葉を飲み込んだわたしは、彼がスタートイを志望した動機を求めた。
 すると支倉は、「ゲームを作りたいです」と至極当然のように答えた。


「【創造】のスキルでは、テレビゲームもスマホゲームも作れなかったんです。もちろん、自分の大好きなゲームを異世界でも遊びたかったので、何度も創造を試みました。でも、好きだからこそ、妥協したくなかったんです」


 わたしは、チラリと支倉の履歴書に目を落とした。そこには、異世界から帰って来てから大学に復帰し、プログラミングを履修したことや、独自にアプリゲームを開発したことが書かれている。


「ゲーム作りの技術は、御社がどの世界においても一番だと考えております。だから、私は御社で最高に面白いゲームを作りたいです」


 そうか。支倉君のやりたいことは、異世界じゃなくて日本にあるんだ。彼は、そのことに異世界で気が付いたんだ。


「支倉君にとって、最高に面白いゲームって?」


「レベルとスキルのバランスが丁度いいRPGですかね」


 その気持ちはわたしにも分かる。
 娯楽は、快適さとやりがいのバランスが大切であって、それを客観的に見れる目が大切だ。無理ゲーもヌルゲーも面白くない。


 ちなみに支倉は神様に交渉し、異世界の村で稼いだ全財産の贈与と【創造】のスキルの返却を条件に、日本に生還できたらしい。


 神様を言いくるめてしまう交渉術、なかなか肝が座ってるな。






 ***
 そして、面接室から就活生たちは退室していった。


 はぁ、今日も疲れた。スキルを使うと、いっそうくたびれるんだよ。


 わたしは、うーんと伸びをしながら、バレないようにこっそりとあくびをした。


「あの、部長……。とくに最後のグループの子たち、なかなか曲者揃いでしたね。自分、彼らの、異世界で大成功したって話を信じていたので、なおさら……」


 わたしの隣で面接を見守っていた部下は、二次面接までの責任者で、申し訳なさそうな声を絞り出していた。


 部下には、わたしの【暴露】のようなスキルはない。生粋の一般市民だ。なので、こそまで落ち込まなくても……とわたしは思うのだが、どうやら異世界トリップ問題児を見抜けなかったことが、たいそうショックだったらしい。


「どの子も、手放しで褒められるような実績がなかったじゃないですか。自分、てっきり今年は豊作だと思ってしまって……」


「いいや。豊作だよ」


 わたしは「ふふふ」と笑いながら、机を片付けていた。しかし、最後の4枚の履歴書だけは、そっと部下の前に並べてやった。


「彼らは三次面接通過。次は、社長面接だ。メール送る準備しといてもらえる?」


「えっ! 本気ですか⁈」


 部下は仰天した様子で、わたしを見返していた。そして目の前の履歴書に視線を落とすと、やはり納得いかないようで、眉間にシワが寄った。


「カフェを潰した聖女と、パーティを追放された冒険者、自信のない悪役令嬢と、アンチスローライフですよ?」


「いいじゃないか。失敗したり、気付きを得ることで成長できる。君だって、魔王の秘書をクビになったから、日本で就活したんでしょ?」


 わたしに過去の傷を突かれ、部下は「まぁそうですけど」と口籠った。


「スタートイは、異世界トリップに負けない、面白いゲームを作らなくちゃならない。そのためには、異世界を越えいく必要があるんだから」


 わたしは、面接室を出ようとドアに手を掛けた。


 就活生諸君。社長面接、頑張りたまえ。
 次に会う時は同じ社員として、君たちのリスタートを見せてくれ。

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