おとぎの店の白雪姫【新装版】
第30話 白雪姫のホワイトボーグ
カランカランー……
オレンジ色の夕焼けと、藍色の夜空が入り混じるころ、ファミリーレストラン《りんごの木》のドアベルが鳴り響いた。
「おかえりなさい」
店長のりんごおじさんの言葉は、「いらっしゃいませ」ではなかった。
「ただいま。りんごおじさん」
ましろが気まずそうに答えると、りんごおじさんはにっこりとほほ笑んで、壁際の二人席のイスを静かに引いた。
「一緒に、ご飯を食べましょう」
「うん……」
りんごおじさんはいったんキッチンに入り、しばらくすると料理の皿をトレーに乗せて戻って来た。
「お待たせしました。【白雪姫のホワイトバーグ】です」
黒い鉄板にのっているのは、雪のように白いソースをまとったハンバーグ。付け合わせは、色鮮やかなニンジンのグラッセだ。どれも熱々で、ジュウジュウという音を聴いているだけで、お腹が空いてくる。
「こんなメニュー、なかったよね?」
「我が家のお姫様のための、特別メニューなんです」
「ふふっ。誰のことだろ?」
ましろはナイフでハンバーグを小さく切って、ふぅふぅ冷ましてから、ひと口ぱくりと口に入れた。すると、ジュワッとたっぷりの肉汁と、濃厚なチーズクリームソースが混ざり合って、口の中が幸せになる。その幸せは体全体に広がっていく。
「おいしい!」
そんな言葉だけでは足りないのは分かっているけれど、それ以上にふさわしい言葉が見つからない。料理をほめる言葉も、りんごおじさんへの感謝の言葉も、ただひたすら「おいしい」という言葉に溶かしていく。
「ありがとうございます、ましろさん。僕の、『家族』になってくれて」
ふと、りんごおじさんが口を開いた。
りんごおじさんは、大切そうに、愛おしそうにましろを見つめていた。
「僕は、家族を幸せにする料理を作りたかった。だから、《りんごの木》を始めました。その《りんごの木》で、ましろさんが笑顔で食事をしてくれることは、僕にとって何よりも幸せなことです」
「りんごおじさん……」
「でも、もし本当に、ましろさんがお父さんの元へ行きたいのなら、止めません。七人さんは、間違いなくあなたのお父さんですから」
りんごおじさんの寂しそうな顔は、数時間前までのましろと同じだった。相手の幸せを願う――、だから苦しくて悲しい顔だ。
けれど、ましろはもう分かっていた。自分の気持ちと、答えを──。
「わたしとりんごおじさんは、誰よりも『家族』だよ。だから、いっしょにいたい」
父親でも娘でもない。おじさんと姪っ子。だけど、いちばんの『家族』。
「りんごおじさん。わたし、これからもここにいていい? いつか、りんごおじさんに奥さんや子どもができても……、その時も、『家族』でいてくれる?」
「もちろんですよ」
りんごおじさんはイスから立ち上がると、ましろを背中からぎゅっと抱きしめてくれた。とてもあたたかくて、幸せな気持ちになった。
「ありがとう。りんごおじさん」
大好きだよ。
ホロリと、勝手に涙が出て来た。
安心して、嬉しくて、美味しくて、泣けてきた。
「ましろさん、泣かないで」
「えへへ。アリス君にデコピンされたのが痛くて、泣けてきちゃったよ」
ましろが、おおげさにおでこをさすってみせると、りんごおじさんは「赤くなってますね」と、クスクスと笑っていた。
***
数日後、ましろとりんごおじさんは、おとぎ町駅に来ていた。
「お父さん。お見送りに来たよ!」
駅の改札口の前にお父さんの姿を見つけたましろは、慌てて駆け寄っていった。
「ましろ、凛悟君。ありがとう」
お父さんは手を上げて立ち止まると、寂しそうにましろの顔を見つめ、少し黙ってからまた口を開く。
「本当にいいんだな? ましろ」
「うん。わたしは、ここにいるよ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね」
「いや、かまわないさ。お父さんも、焦りすぎたかもしれないな」
昨日――。
りんごおじさんは、《りんごの木》でお父さんと話し合う時間を作ってくれた。ましろは、自分の今の家族はりんごおじさんであること、血のつながりはあるけれど、それだけでお父さんと一緒には行けないことを心から伝えた。
その時、お父さんはりんごおじさんに、「叔父の君に、ましろを育てることができるのか⁈」と厳しいことを言った。
けれど、りんごおじさんは「とことん、向き合うつもりです。ましろさんが幸せに巣立つその日まで」と力強く言い切ったのだ。
『幸せに巣立つその日まで』──。
それがいつなのかは分からないが、ましろは心の底からうれしかった。
重たかった心も、ズキズキと痛かった胸も、鉛玉のようだった足も、今は羽が生えたみたいに軽い。どこにだって行けそうな気分だ。
「お父さん。また会いに来てね。わたし、《りんごの木》のウエイトレスさんだから、おもてなししてあげる」
「あぁ。また来させてもらうよ。楽しみだ」
「あのね、これ、りんごおじさんと作ったから、新幹線の中で食べて」
ましろは、お父さんに小さめの紙袋を渡した。中身は、【おむすびころりんおむすび】だ。
「シャケと、梅干しと、コンブだよ! 梅干しは自家製なんだよ」
「どれも美味しそうだ。ありがとう」
お父さんはチラッと紙袋の中をのぞきこむと、嬉しそうに手に下げた。そして、残念そうに腕時計に目を落とす。
「そろそろ行くよ。ましろ、凛悟君と仲良くな。凛悟君、ましろをよろしくお願いします」
「七人さん。ましろさんと、待っています。いつでも来てください」
「お父さん。いってらっしゃい!」
お父さんは、改札の向こうで手を振っていた。
「いってきます!」
お父さんの大きな声が駅に響いて、周りの人たちの視線が集まったけれど、かまわない。ましろは、ぶんぶんと手を大きく振ってお父さんを見送った。
「少しずつ、親娘になろう。お父さん」
オレンジ色の夕焼けと、藍色の夜空が入り混じるころ、ファミリーレストラン《りんごの木》のドアベルが鳴り響いた。
「おかえりなさい」
店長のりんごおじさんの言葉は、「いらっしゃいませ」ではなかった。
「ただいま。りんごおじさん」
ましろが気まずそうに答えると、りんごおじさんはにっこりとほほ笑んで、壁際の二人席のイスを静かに引いた。
「一緒に、ご飯を食べましょう」
「うん……」
りんごおじさんはいったんキッチンに入り、しばらくすると料理の皿をトレーに乗せて戻って来た。
「お待たせしました。【白雪姫のホワイトバーグ】です」
黒い鉄板にのっているのは、雪のように白いソースをまとったハンバーグ。付け合わせは、色鮮やかなニンジンのグラッセだ。どれも熱々で、ジュウジュウという音を聴いているだけで、お腹が空いてくる。
「こんなメニュー、なかったよね?」
「我が家のお姫様のための、特別メニューなんです」
「ふふっ。誰のことだろ?」
ましろはナイフでハンバーグを小さく切って、ふぅふぅ冷ましてから、ひと口ぱくりと口に入れた。すると、ジュワッとたっぷりの肉汁と、濃厚なチーズクリームソースが混ざり合って、口の中が幸せになる。その幸せは体全体に広がっていく。
「おいしい!」
そんな言葉だけでは足りないのは分かっているけれど、それ以上にふさわしい言葉が見つからない。料理をほめる言葉も、りんごおじさんへの感謝の言葉も、ただひたすら「おいしい」という言葉に溶かしていく。
「ありがとうございます、ましろさん。僕の、『家族』になってくれて」
ふと、りんごおじさんが口を開いた。
りんごおじさんは、大切そうに、愛おしそうにましろを見つめていた。
「僕は、家族を幸せにする料理を作りたかった。だから、《りんごの木》を始めました。その《りんごの木》で、ましろさんが笑顔で食事をしてくれることは、僕にとって何よりも幸せなことです」
「りんごおじさん……」
「でも、もし本当に、ましろさんがお父さんの元へ行きたいのなら、止めません。七人さんは、間違いなくあなたのお父さんですから」
りんごおじさんの寂しそうな顔は、数時間前までのましろと同じだった。相手の幸せを願う――、だから苦しくて悲しい顔だ。
けれど、ましろはもう分かっていた。自分の気持ちと、答えを──。
「わたしとりんごおじさんは、誰よりも『家族』だよ。だから、いっしょにいたい」
父親でも娘でもない。おじさんと姪っ子。だけど、いちばんの『家族』。
「りんごおじさん。わたし、これからもここにいていい? いつか、りんごおじさんに奥さんや子どもができても……、その時も、『家族』でいてくれる?」
「もちろんですよ」
りんごおじさんはイスから立ち上がると、ましろを背中からぎゅっと抱きしめてくれた。とてもあたたかくて、幸せな気持ちになった。
「ありがとう。りんごおじさん」
大好きだよ。
ホロリと、勝手に涙が出て来た。
安心して、嬉しくて、美味しくて、泣けてきた。
「ましろさん、泣かないで」
「えへへ。アリス君にデコピンされたのが痛くて、泣けてきちゃったよ」
ましろが、おおげさにおでこをさすってみせると、りんごおじさんは「赤くなってますね」と、クスクスと笑っていた。
***
数日後、ましろとりんごおじさんは、おとぎ町駅に来ていた。
「お父さん。お見送りに来たよ!」
駅の改札口の前にお父さんの姿を見つけたましろは、慌てて駆け寄っていった。
「ましろ、凛悟君。ありがとう」
お父さんは手を上げて立ち止まると、寂しそうにましろの顔を見つめ、少し黙ってからまた口を開く。
「本当にいいんだな? ましろ」
「うん。わたしは、ここにいるよ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね」
「いや、かまわないさ。お父さんも、焦りすぎたかもしれないな」
昨日――。
りんごおじさんは、《りんごの木》でお父さんと話し合う時間を作ってくれた。ましろは、自分の今の家族はりんごおじさんであること、血のつながりはあるけれど、それだけでお父さんと一緒には行けないことを心から伝えた。
その時、お父さんはりんごおじさんに、「叔父の君に、ましろを育てることができるのか⁈」と厳しいことを言った。
けれど、りんごおじさんは「とことん、向き合うつもりです。ましろさんが幸せに巣立つその日まで」と力強く言い切ったのだ。
『幸せに巣立つその日まで』──。
それがいつなのかは分からないが、ましろは心の底からうれしかった。
重たかった心も、ズキズキと痛かった胸も、鉛玉のようだった足も、今は羽が生えたみたいに軽い。どこにだって行けそうな気分だ。
「お父さん。また会いに来てね。わたし、《りんごの木》のウエイトレスさんだから、おもてなししてあげる」
「あぁ。また来させてもらうよ。楽しみだ」
「あのね、これ、りんごおじさんと作ったから、新幹線の中で食べて」
ましろは、お父さんに小さめの紙袋を渡した。中身は、【おむすびころりんおむすび】だ。
「シャケと、梅干しと、コンブだよ! 梅干しは自家製なんだよ」
「どれも美味しそうだ。ありがとう」
お父さんはチラッと紙袋の中をのぞきこむと、嬉しそうに手に下げた。そして、残念そうに腕時計に目を落とす。
「そろそろ行くよ。ましろ、凛悟君と仲良くな。凛悟君、ましろをよろしくお願いします」
「七人さん。ましろさんと、待っています。いつでも来てください」
「お父さん。いってらっしゃい!」
お父さんは、改札の向こうで手を振っていた。
「いってきます!」
お父さんの大きな声が駅に響いて、周りの人たちの視線が集まったけれど、かまわない。ましろは、ぶんぶんと手を大きく振ってお父さんを見送った。
「少しずつ、親娘になろう。お父さん」
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