おとぎの店の白雪姫【新装版】
第23話 美女と野獣のバラぎょうざ
ついに、大地君が愛華さんにプロポーズする日がやって来た。
《りんごの木》は、大地君が事前に持って来た黄色いバラで美しく飾られていて、まるでお城の一室にいるかのような気分になる。
「すごいね! 高級レストランみたいじゃない?」
「ほんとね。フランス料理のコースが出て来そうなかんじ。メインはぎょうざだけど」
ましろは、恩田さんとバックヤードからお店をのぞいていた。
今はディナータイムなので、本当なら恩田さんはお休みだ。けれど、大地君のダイエットを監督した恩田さんは、どうしても彼のプロポーズを見届けたいと、こっそりやって来たのだ。
「に、してもよ。愛華さんって、すごくかわいいわねぇ! びっくりしちゃったわ」
「そうだよね! かわいいよね!」
話題は、大地君の彼女の愛華さんだ。
先ほど、大地君といっしょに来店した愛華さんは、黒色のショートボブがよく似合う、小柄でかわいい女性だった。それでもって、賢そうなメガネがキラリと光っている。大地君の前情報によると、大学では植物について学び、今は植物園で働いているそうだ。
一方の大地君はというと、見事に七キロやせることに成功した。柔らかそうだったおなかは引っこみ、顔も体もシュッとしている。元々、大地君は背が高いので、小さい愛華さんをエスコートする姿は、恋人というよりも、お父さんに見えてしまうのが面白い。
「重野君。ここ、ステキなお店ね。バラがとてもきれいだわ」
「そうだね。俺も、すごく好きなお店なんだ。料理も絶品でさ!」
大地君は、自分が用意したバラだとは明かさなかったけれど、照れくさそうにビールを飲んでいた。
「お似合いだね」
「そうね。美男美女カップルよ。大地君、ほんとによくがんばったわ」
恩田さんは、まるで弟子の成長を喜ぶ師匠のような顔をしていた。恩田さんのためにも、この後のプロポーズはぜひとも成功させてほしい。
そして、ましろは「じゃあ、そろそろ行くね」と、恩田さんと別れてお店に移動した。
「ましろさん。アリス君と協力して、料理を運んでもらっていいですか?」
さっそく、キッチンにいたりんごおじさんに声をかけられ、ましろは「はい!」と返事をした。
すると、キッチンから次々と小皿が出て来るではないか!
「バンバンジー、チンジャオロース、エビチリ、ホイコーロー、酢豚、マーボー豆腐、揚げ春巻き! 種類がいっぱいだ!」
「少しずつたくさんの料理があると、小食の方も楽しいかと思いまして」
「店長、中華料理も作れるんすね。すげぇ」
「若い時に修行しましたからね。さぁ、メインはもっとインパクトがありますよ~。お願いしますね!」
感心するましろとアリス君は、それらの小皿料理をせっせとテーブルに運んだ。そして、最後は大皿に盛り付けられたメインディッシュだ!
「お待たせしました! 【美女と野獣のバラぎょうざ~華やかパーティ仕立て】です!」
「きれい……。バラの花みたいね」
愛華さんはぎょうざを見て、うっとりとしたため息をもらした。
それは、何枚かの皮を組み合わせて餡を巻いた、お花の形をしたぎょうざだった。皮はプレーンの白色の他に、オレンジ色、黄色、緑色と、色鮮やかだ。
「ぎょうざの皮には、にんじん、かぼちゃ、ほうれん草が練り込まれています。味や香りもそれぞれ違うので、ひとつひとつお楽しみください」
よし! ばっちり!
恩田さんに練習を聞いてもらっていただけあって、ましろはスラスラと料理の説明をすることができた。そして隣のアリス君も、「いいじゃん」と言わんばかりの目配せをしてくれた。
「おいしそう。重野君、食べがいがあるわね。ご飯いただく?」
「いや~……。俺はやめとこうかな。せっかくやせたから」
「そう。なら、私はライス小盛りで」
愛華さんは、少し不満そうな顔をしていた。そして、ぽつりと呟いた。
「私の好きな重野君じゃない……」
なんですと⁈ と、ましろとアリス君は、思わず愛華さんを二度見してしまった。けれど、愛華さんは、熱心にぎょうざをパクパクと食べていた。
「あ~、おいしい! ご飯が進んじゃうわ!」
「愛華さん、さっきのはどういうこと?」
慌てているのは、大地君だ。
愛華さんの衝撃発言のおかげで、正直、食事どころではなさそうだ。そして愛華さんは、さらに愛想がなくなっている。
愛華さんの好きな大地君って、どんな大地君だろう?
ましろは、大地君から聞いた二人の出会いやデートの話を思い出した。「ギョウザ大食い大会」で出会い、おいしい食べ物に囲まれたデートの数々……。
あ! 分かったかも!
ましろは小走りでキッチンに行き、りんごおじさんから「あるもの」を用意してもらうと、再びテーブルに戻って来た。
「大地君! 当店から、ダイエットをがんばったごほうびです。どうぞ!」
「ましろちゃん、これは……!」
ましろが大地君の前に置いたのは、もりもりのライス大盛りだ。ふっくらと炊き立てのお米が、おいしそうに盛り上がっている。
「俺がダイエットしてるの知ってるのに、どうして?」
「大地君は、いっぱい食べないと! ですよね、愛華さん?」
戸惑う大地君をよそに、ましろは愛華さんに話しかけた。すると、愛華さんは照れた様子で「そうよ」うなずく。
「私、たくさん、おいしそうにご飯を食べる重野君が好きなの」
「えぇ⁈ でも、愛華さんにつり合うスマートな男の方がいいかと思って、必死にダイエットしたんだよ!」
「私、そんなこと望んでないわ」
愛華さんはクスクスと笑いながら、ましろに「ありがとう」と言った。
「やせる努力ができる人だって、分かってよかった。でも私は、重野君にはぽっちゃり体型でいてほしいの」
愛華さんは、食べている大地君を眺めることが大好きらしい。だからこそ、「ギョウザ大食い大会」で、大地君に魅力を感じた。そして、今までおいしいデートばかりだったのも、愛華さんが大地君に色々と食べさせたかったからだろう。
「……これからは、私が毎日ご飯を作ってあげる。痩せるヒマなんてないくらい」
「愛華さん! それって、もしかして、俺と……」
グイッ!
大地君の口に、オレンジ色のバラぎょうざが、愛華さんによって突っこまれた。
「ふぐぐっ」
「ご飯が進んじゃうわね、重野君」
微笑ましい光景に、ましろとアリス君は顔を見合わせた。
恩田さんは少しがっかりするかもしれないけれど、大地君はリバウンドしてしまうだろう。幸せ太りというやつだ。
「ご飯のおかわりは自由です!」
***
ましろは数週間後の学校帰りに、愛華さんが《花かご》のお店番をしている姿を見かけた。
「愛華さん、こんにちは!」
「あら。あなたは《りんごの木》のウエイトレスのましろさんね。また重野く……、大地君から聞いたわ」
名前を言い直す愛華さんを見て、ましろの胸は、じんわりとぽかぽかするような、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。
「そうだわ。よかったら、このお花、もらってくれないかしら?」
愛華さんがお店の棚から持ってきたものは、さわやかな蒼いバラで作られたプリザーブドフラワーだった。
「わぁ! いいんですか?」
「えぇ。私が練習で作ったものだから、売り物にはならないの。でも、私からあなたにお礼させてほしいし……」
「売り物かと思っちゃいました。喜んでいただきます!」
ましろは、ホッとした表情の愛華さんからプリザーブドフラワーを受け取った。
「ありがとうございます」
「うふふ。今度また、大地君と伺わせてね」
「はい! お待ちしてます!」
結局、今のましろには『恋』はよく分からない。大地君と愛華さんを見ていると、甘いセリフもドキドキするような大胆な行動も必要ないのかな、なんて思ったり――、『恋』の先にある『家族』になりたい気持ちも、いつか分かるのかな、なんて思ったり――。
わたしは今は、恋人よりりんごおじさんかな。おじさんには、ナイショだけど。
《りんごの木》は、大地君が事前に持って来た黄色いバラで美しく飾られていて、まるでお城の一室にいるかのような気分になる。
「すごいね! 高級レストランみたいじゃない?」
「ほんとね。フランス料理のコースが出て来そうなかんじ。メインはぎょうざだけど」
ましろは、恩田さんとバックヤードからお店をのぞいていた。
今はディナータイムなので、本当なら恩田さんはお休みだ。けれど、大地君のダイエットを監督した恩田さんは、どうしても彼のプロポーズを見届けたいと、こっそりやって来たのだ。
「に、してもよ。愛華さんって、すごくかわいいわねぇ! びっくりしちゃったわ」
「そうだよね! かわいいよね!」
話題は、大地君の彼女の愛華さんだ。
先ほど、大地君といっしょに来店した愛華さんは、黒色のショートボブがよく似合う、小柄でかわいい女性だった。それでもって、賢そうなメガネがキラリと光っている。大地君の前情報によると、大学では植物について学び、今は植物園で働いているそうだ。
一方の大地君はというと、見事に七キロやせることに成功した。柔らかそうだったおなかは引っこみ、顔も体もシュッとしている。元々、大地君は背が高いので、小さい愛華さんをエスコートする姿は、恋人というよりも、お父さんに見えてしまうのが面白い。
「重野君。ここ、ステキなお店ね。バラがとてもきれいだわ」
「そうだね。俺も、すごく好きなお店なんだ。料理も絶品でさ!」
大地君は、自分が用意したバラだとは明かさなかったけれど、照れくさそうにビールを飲んでいた。
「お似合いだね」
「そうね。美男美女カップルよ。大地君、ほんとによくがんばったわ」
恩田さんは、まるで弟子の成長を喜ぶ師匠のような顔をしていた。恩田さんのためにも、この後のプロポーズはぜひとも成功させてほしい。
そして、ましろは「じゃあ、そろそろ行くね」と、恩田さんと別れてお店に移動した。
「ましろさん。アリス君と協力して、料理を運んでもらっていいですか?」
さっそく、キッチンにいたりんごおじさんに声をかけられ、ましろは「はい!」と返事をした。
すると、キッチンから次々と小皿が出て来るではないか!
「バンバンジー、チンジャオロース、エビチリ、ホイコーロー、酢豚、マーボー豆腐、揚げ春巻き! 種類がいっぱいだ!」
「少しずつたくさんの料理があると、小食の方も楽しいかと思いまして」
「店長、中華料理も作れるんすね。すげぇ」
「若い時に修行しましたからね。さぁ、メインはもっとインパクトがありますよ~。お願いしますね!」
感心するましろとアリス君は、それらの小皿料理をせっせとテーブルに運んだ。そして、最後は大皿に盛り付けられたメインディッシュだ!
「お待たせしました! 【美女と野獣のバラぎょうざ~華やかパーティ仕立て】です!」
「きれい……。バラの花みたいね」
愛華さんはぎょうざを見て、うっとりとしたため息をもらした。
それは、何枚かの皮を組み合わせて餡を巻いた、お花の形をしたぎょうざだった。皮はプレーンの白色の他に、オレンジ色、黄色、緑色と、色鮮やかだ。
「ぎょうざの皮には、にんじん、かぼちゃ、ほうれん草が練り込まれています。味や香りもそれぞれ違うので、ひとつひとつお楽しみください」
よし! ばっちり!
恩田さんに練習を聞いてもらっていただけあって、ましろはスラスラと料理の説明をすることができた。そして隣のアリス君も、「いいじゃん」と言わんばかりの目配せをしてくれた。
「おいしそう。重野君、食べがいがあるわね。ご飯いただく?」
「いや~……。俺はやめとこうかな。せっかくやせたから」
「そう。なら、私はライス小盛りで」
愛華さんは、少し不満そうな顔をしていた。そして、ぽつりと呟いた。
「私の好きな重野君じゃない……」
なんですと⁈ と、ましろとアリス君は、思わず愛華さんを二度見してしまった。けれど、愛華さんは、熱心にぎょうざをパクパクと食べていた。
「あ~、おいしい! ご飯が進んじゃうわ!」
「愛華さん、さっきのはどういうこと?」
慌てているのは、大地君だ。
愛華さんの衝撃発言のおかげで、正直、食事どころではなさそうだ。そして愛華さんは、さらに愛想がなくなっている。
愛華さんの好きな大地君って、どんな大地君だろう?
ましろは、大地君から聞いた二人の出会いやデートの話を思い出した。「ギョウザ大食い大会」で出会い、おいしい食べ物に囲まれたデートの数々……。
あ! 分かったかも!
ましろは小走りでキッチンに行き、りんごおじさんから「あるもの」を用意してもらうと、再びテーブルに戻って来た。
「大地君! 当店から、ダイエットをがんばったごほうびです。どうぞ!」
「ましろちゃん、これは……!」
ましろが大地君の前に置いたのは、もりもりのライス大盛りだ。ふっくらと炊き立てのお米が、おいしそうに盛り上がっている。
「俺がダイエットしてるの知ってるのに、どうして?」
「大地君は、いっぱい食べないと! ですよね、愛華さん?」
戸惑う大地君をよそに、ましろは愛華さんに話しかけた。すると、愛華さんは照れた様子で「そうよ」うなずく。
「私、たくさん、おいしそうにご飯を食べる重野君が好きなの」
「えぇ⁈ でも、愛華さんにつり合うスマートな男の方がいいかと思って、必死にダイエットしたんだよ!」
「私、そんなこと望んでないわ」
愛華さんはクスクスと笑いながら、ましろに「ありがとう」と言った。
「やせる努力ができる人だって、分かってよかった。でも私は、重野君にはぽっちゃり体型でいてほしいの」
愛華さんは、食べている大地君を眺めることが大好きらしい。だからこそ、「ギョウザ大食い大会」で、大地君に魅力を感じた。そして、今までおいしいデートばかりだったのも、愛華さんが大地君に色々と食べさせたかったからだろう。
「……これからは、私が毎日ご飯を作ってあげる。痩せるヒマなんてないくらい」
「愛華さん! それって、もしかして、俺と……」
グイッ!
大地君の口に、オレンジ色のバラぎょうざが、愛華さんによって突っこまれた。
「ふぐぐっ」
「ご飯が進んじゃうわね、重野君」
微笑ましい光景に、ましろとアリス君は顔を見合わせた。
恩田さんは少しがっかりするかもしれないけれど、大地君はリバウンドしてしまうだろう。幸せ太りというやつだ。
「ご飯のおかわりは自由です!」
***
ましろは数週間後の学校帰りに、愛華さんが《花かご》のお店番をしている姿を見かけた。
「愛華さん、こんにちは!」
「あら。あなたは《りんごの木》のウエイトレスのましろさんね。また重野く……、大地君から聞いたわ」
名前を言い直す愛華さんを見て、ましろの胸は、じんわりとぽかぽかするような、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。
「そうだわ。よかったら、このお花、もらってくれないかしら?」
愛華さんがお店の棚から持ってきたものは、さわやかな蒼いバラで作られたプリザーブドフラワーだった。
「わぁ! いいんですか?」
「えぇ。私が練習で作ったものだから、売り物にはならないの。でも、私からあなたにお礼させてほしいし……」
「売り物かと思っちゃいました。喜んでいただきます!」
ましろは、ホッとした表情の愛華さんからプリザーブドフラワーを受け取った。
「ありがとうございます」
「うふふ。今度また、大地君と伺わせてね」
「はい! お待ちしてます!」
結局、今のましろには『恋』はよく分からない。大地君と愛華さんを見ていると、甘いセリフもドキドキするような大胆な行動も必要ないのかな、なんて思ったり――、『恋』の先にある『家族』になりたい気持ちも、いつか分かるのかな、なんて思ったり――。
わたしは今は、恋人よりりんごおじさんかな。おじさんには、ナイショだけど。
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