おとぎの店の白雪姫【新装版】

ゆちば

第7話 有栖川家のお家騒動

 次の日の水曜日──、事件が起こった。


 小学校の帰り道、ましろがおとぎ商店街を歩いていると、見覚えのある人がすごい勢いで自転車で迫って来たのだ。


「うぉぉぉぉーーっ!」


 アリス君が、自転車を爆走させている。


「アリス君⁈ 商店街は、自転車に乗っちゃダメだよーっ!」


 ましろが叫ぶと、アリス君はこちらに気がついたようで、しぶしぶ自転車を降りて、全力でそれを押して走り始めた。シャーーーッという音がすごい。


「ましろっ! どけっ!」
「わたしもお店に行くから、いっしょに行こうよ」
「オレといると危険だ! どっかに隠れとけ!」


 わぁ! ドラマみたいなセリフだ! 


 ましろはお芝居かなぁとクスクス笑いながら、アリス君の横に並んで走った。


「文化祭の劇?」
「違う! マジのやつ……だっ⁈」


 とつぜんアリス君はぴたりと足を止めた。


 そして、目の前に立ちふさがるようにして仁王立ちしているのは、若草色の着物を着ている背の高い男の人だ。威厳がある……というか、分かりやすく怒った顔をしていて怖い。


「あのおじさん、誰?」
「オレの父親……。引き返すぞ! ましろ!」


 アリスパパ⁈


 たしかに、目付きの悪いところがそっくりだ。


 ましろが声をあげるひまもなく、アリス君は自電車を方向転換させた──けれど、いつの間にか後ろには、サングラスにスーツ姿の男の人たちが十人くらい立っていたのだ。しかも、ムキムキで強そうな人たちばかり!


「つかまえろ!」


 アリスパパが叫ぶと、サングラスマンたちがワッと走りよって来て、アリス君と、ついでにましろを担ぎ上げてしまった。まるで、おみこしみたいだ。


「やめろー! 社会的に死ぬ!」


 アリス君はジタバタと暴れているけれど、ましろはそんなアリス君を見ていて、逆に落ち着いてきてしまった。


 どこに連れて行かれるのかな? と、わっしょいわっしょいと上下する景色を見ていると、着いた場所は緑がきれいな竹に囲まれた、大きな大きな旅館だった。


「《かがみ屋》……」


 ましろが旅館の看板を読み上げると、アリス君が「オレの家」とぐったりしながら言った。


「そして私は《かがみ屋》の支配人だ」


 アリスパパの声が、下の方から聞こえてきた。


「ていうことは、アリス君は旅館の跡取り息子さん?」
「そうだ。……そうなのだが、君はどこの子だ?」


 こちらを見上げるアリスパパは、今までましろの存在に気がついていなかったらしい。びっくりした顔で、ましろを見つめていた。


「えっと……白雪ましろです。こんにちは」
 


***
 ましろは、サングラスマンたちにていねいにエスコートされて、旅館の一番奥の部屋に案内された。とても広くて畳のいいにおいがするだけでなく、ふすまや生け花なんかも豪華な部屋だ。


 そこにちょこんと座るましろの前には、たくさんのおいしそうな和菓子が並んでいる。


「わぁ! おいしそう!」
「ましろちゃん、好きなだけ食べていいからね」
「間違えて連れて来ちゃったおわびよ。うちの職人さんの自信作」


 さぁさぁとすすめてくれるのは、旅館の支配人の有栖川三月さんと、女将さんの有栖川心さん。つまり、アリスパパとアリスママだ。


「いやぁ~。やっぱり女の子はかわいいなぁ」
「『いやぁ~』じゃねぇよ! 無理矢理連れて来て、何様だ!」


 にこにこのアリスパパに猛抗議するアリス君は、縄で縛られてイモムシみたいに転がっていた。助けてあげたいけれど、部屋の外にはサングラスマンたちが控えているようで、なかなか手が出せない。


「何様はお前だ、白兎! 家を勝手に出て行ったきり何の連絡もせずに、いったいどういうつもりだ⁈」
「うるせぇ! そっちがオレの話聞かないからだ!」


 え⁈ アリス君、家に帰ってなかったの⁈


 ましろはアリスパパの言葉に驚いて、アリス君の方を見た。


「アリス君、バイトには毎日来てたのに、どこで寝てたの⁈」
「店の二階……」


 知らなかった! アリス君、お店に住んでたんだ!


 驚きの新事実に目を丸くするましろだが、逆にアリスパパの目は三角に釣り上がる。


「このバカ息子が! アルバイト先に迷惑をかけていたのか!」
「店長がいいって言ってくれたんだ。店長は優しいし、オレのことだって理解してくれる。こんな家と比べたら天国だ!」


「こんな家とはなんだ! 《かがみ屋》は、江戸時代から続く伝統のある旅館なのだ! それを跡継ぎのお前がないがしろにするような……」
「だから、オレは旅館は継がないって言ってんだろう! オレは、パティシエになるんだよ!」
「お前のようなちゃらんぽらんに、なれるものか!」


 アリス君とアリスパパの言い争いは、どんどんヒートアップしていく。なんだか見ているこっちまで暑くなってきてしまう。


「ましろちゃん、こっちこっち」


 ふと、アリスママに小さく手招きをされて、ましろは父と息子の邪魔をしないようにこそこそと畳を膝で歩いて移動した。


「あの人も白兎も、顔を合わせたらいっつもこうなの。困っちゃうわ」


 アリスママは「はぁ~」と、上品で深いため息をついた。その言い方からすると、こんな大きなケンカはしょっちゅうあるようだ。


「アリス君、パティシエになったらダメなんですか?」
「私は、好きなことをやってほしいんだけど……。白兎、昔から何でも途中で飽きちゃって、何一つ本気でやらない子だったの。だからうちの人、今回もそうだと思ってるのよね」


 アリスママは「サッカーと野球とスケートとヴァイオリンとギターと絵画と……」と指を何本も折っている。


 アリス君って、色々させてもらってたんだ。いいなぁ。


 ちょっとうらやましいけれど、それらを投げ出して、信用を失ってしまっては元も子もない。


「でね、去年の秋に白兎が旅館を継ぐって言ったのよ。あの人、とても喜んで、家庭教師の先生や、お華やお茶の先生に来てもらったわ。やっと白兎が本気になってくれたーって」
「アリス君、旅館を継ぐつもりだったんですか⁈」


 ましろは、パティシエはどこにいったの⁈ と、思わず目を丸くした。


 しかしどうやら、アリス君がパティシエを志したのは、跡継ぎ宣言の少し後。《りんごの木》でアルバイトを始めてからだったらしい。


「レストランで何か影響を受けたのかしら。いつの間にか、パティシエになるって言い始めたの」


 りんごおじさんが、アリス君の夢を上書きしちゃったんだ!


 ましろは、自分がりんごおじさんの姪ということで、なんだかアリスパパとアリスママに申しわけなくなってしまった。


「うちのおじさんがすみません……」
「何か言った? ましろちゃん」
「い、いえ。何も!」


 ましろはあわてて首を横に振った。


「でもわたし、アリス君は本気だと思います。お店のデザートはアリス君が作ってるし、わたしにも、おいしいカップケーキを食べさせてくれました!」
「まぁ! 本当に?」
「はい! 専門学校に行って、フランスにも行きたいって言ってました」
「フランス⁈ そんなこと、あの子の口から聞いたことないわ。どうして言ってくれなかったのかしら……」


 アリスママは、おっとりとした仕草で首をかしげ、ましろも真似をして「うーん」と首をひねる。


「言ってもムダだからだよ」


 気がつくと、頭の上からアリス君の影が落ちていた。アリス君は無理矢理に縄を引きちぎったらしく、少し痛そうに腕をさすっている。


「頭でっかちの父さんは、何話してもムダ。だからオレは、さっさと金を貯めて、こんな家出て行く!」


 アリス君は怖い顔で言い放ち、「ましろ、帰るぞ!」とましろの腕をつかんで立たせた。


「白兎、あんたは……」


 アリスママがあわてて止めようとしたけれど、アリス君はぷいっと背中を向けてしまった。


「待て! もうアルバイトの店には二度と行かせん。うちで勉強だ!」


 アリスパパがバンッと机を叩くと、部屋の外にいたサングラスマンたちがふすまを開けて入って来た。


 ど、どうしよう!


 悲しそうなアリスママと怒っているアリスパパとアリス君を見て、ましろは何とかして仲直りしてほしいと思った。しかし──。


「どけよ! オレが行かなきゃ、店長もお客さんも困るんだよ!」


 そうだよ! 《りんごの木》には、アリス君が必要なんだ!


 ましろが初めてお店でご飯を食べた日、アリス君はとっても優しくて、キラキラして見えた。ましろがお店で働きたいと思った理由には、アリス君だって含まれているのだ。


「アリス君を、《りんごの木》に行かせてあげてください!」


 ましろは思わず、大きな声で叫んだ。
 正直に言うと、よそのお家のことに口を出すのは良くないとも思った。けれど、それ以上にアリス君を助けたいと、心の底から思ったのだ。


「アリス君のカップケーキ、とってもおいしいんです! 食べたら分かります」


 だって、アリス君、昨日あんなにうれしそうだったもん。アリス君は本気だもん。


「だから、今はどいてくださーいっ!」


 ましろはふすまの前に仁王立ちしているサングラスマンに体当たりした──、けれど簡単に受け止められてしまったので、パンチ攻撃に切り替えた。


「アリス君、今のうちに行って!」
「ばっか! そんなん効くかよ! 行くぞ!」


 アリス君はましろの首根っこをつかむと、素早くサングラスマンたちの間を走り抜けた。


「ママさん、パパさん、ごめんなさーいっ!」


 ましろの謝る声が旅館の廊下に響いたが、幸い誰も追いかけては来なかった。









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