【コミカライズ】堕ちた聖騎士さまに贈るスペシャリテ〜恋した人はご先祖さまの婚約者でした〜

ゆちば

コミカライズ記念(クロスオーバー)SS︰「職業︰堕ちた聖騎士」とベーグルサンド

 ランスロット・アルベイトは夢見が悪い。
 常闇のなかに長く居すぎたせいか、毎晩と言っていいほどに闇の異形たちに囚われている夢を見る。【勇者殺し】の罪を問われ、光の世界に戻ることを許さないと絡みつく銀の鎖。
 そして、「心を闇に堕とせ」とランスロット自身や愛しい人たちの声を模して囁く声――。


 そう。いつも夢に出てくる者は、闇の異形たちなのだ。
 だが、その日だけは違っていた。


「闇の深淵でまみえるのが、まさか私と同じ聖騎士だとはね」


 聞き慣れない低音のよく響く声が耳に届き、ランスロットは夢の中で目覚める。
 真っ暗な闇を見渡すと、長身の男が一人、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめているではないか。


「誰だ?」


 ランスロットは、警戒しながら男を見返す。


 金髪に蒼い眼をした白銀色の鎧騎士。右手には身長を優に超える長槍が携えられている。オーランド王国では見かけない造形をした装備だが、神聖な力が込められた代物であることは一目見ただけで分かる。
 そして、彼が相当な手練であることも。


「危害を加える気などない。その手は引っ込めておきたまえ」


 男はランスロットが晴天の槍を召喚しようとしたことを見抜くと、声でそれを制し、ツカツカと歩み寄って来た。殺気はない。寧ろ、好意的な感情さえ滲み出ている。


「私の白竜の槍が珍しいかい? あぁ、それともゲーティアアーマーの方か。これはシュヴァリエ王国の【魔剣】からの献上品でね。なかなかのレア装備だよ」
「…………?」
「すまない。つい、饒舌になってしまった。異なる世界のことを語ったところで、仕方がないというのにね」
「異なる世界、だと?」


 男の言っていることが理解できず、ランスロットはそのまま言葉を繰り返す。
 不思議な夢だ。見ず知らずの男が異世界を語っているのだから。しかし、男の言うことには妙に説得力があり、ランスロットは何故だか疑う気にならない。


「……異世界の聖騎士が、俺に何の用だ」
はかりごとではないさ。君と私は少し似ているから――。君には、己の正義を貫いてほしいと思っただけだ」


 蒼い瞳を炎のように燃やすその男は、身構えていたランスロットの肩に軽く手を置くと、すれ違いざまに低い声で囁く。


「抗いたまえ。【堕ちた聖騎士】ランスロット」
「何故、俺の名を知っている。貴様はいったい……」


 ランスロットの呼び声に男は立ち止まり、振り返り答える。堂々と。誇らしげに。


「我が名はランスロット。強き国を創る聖騎士だ」
「…………⁈」
「――違うな。聖騎士だった……、と言うべきか。私は神など尊ばない。力のみを信じる【黒騎士】だ」


 ランスロットが驚いたのは、彼の名が自分と同じであることだけでない。振り返った彼の白銀の鎧が漆黒色に染まり、白く美しかった槍までも禍々しく姿を変えていくその様と、脳裏に走馬灯のようにして流れ込んできた彼の記憶に、ランスロットはハッと息を呑む。


 疑いたくなるくらい爽やかな青空と、鮮やかな緑の草原。
 連なる天幕を抜けると、視界に映るのは褪せた赤い長髪をした男と短い黒髪の女性。
 二人は明るい日向に向かって歩き、彼――ランスロットのすぐそばを通り過ぎていく。
 ランスロットは一瞬だけ二人を追おうと足を向けようとしたが、立ち止まり、踵を返して歩き始める。


 そして、記憶の外の【黒騎士】ランスロットも、背中を向けて歩き出していた。
 ランスロットが、「そちらに行くな!」と手を伸ばそうとしたが届かない。
 ランスロットは決して歩みを止めない。


「シイナ君が私のマネジャーであったのならば……。いや、過ぎた話はするものではないな。さあ、ランスロット。君の終着地はどこになるのだろうな」


 彼は堕ちて行く。常闇のより深い場所へと――。










「……トさん! ランスロットさん!」


 深い底に落ちていたランスロットの意識を引き戻したのは、一人の少女の声だった。
 一瞬、最愛の婚約者と違えかけるが、婚約者はとうの昔に亡くなっていることを思い出し、後から現実が追いついて来る。
 午後の日差しが射し込むベーカリーカフェルブランのテーブル席。そこで頬杖を突いてうたた寝をしていた自分。そして、心配そうにこちらを覗き込んでいる少女ノエルの姿を認め、ランスロットは状況を理解した。


「すまん。うっかり寝てしまった」
「いいですよ。おやつができるまでの間くらい、休んでください」


 ノエルは「ここ数日、忙しかったですから。たまにはのんびりしましょう」という労わりの言葉と共に、テーブルに手際よく白い皿――たくさんの種類のベーグルサンドを並べていく。


「《アボカドと厚切りベーコンのベーグルサンド》、《ロンダルク野菜のポテサラベーグルサンド》、《ブルーベリージャムとクリームチーズのベーグルサンド》、《フルーツと焼きマシュマロのベーグルサンド》、えぇっとそれから……」
「ま、待て! いくらなんでもベーグルだらけすぎないか?」
「えへへ。無性に作りたくなっちゃって。ベーグル祭りです」


 ティータイムのはずなので「えへへ」という量ではないのだが、無邪気に笑うノエルを見ていると、全部食べてやろうではないかという気になってしまうから不思議である。まぁ、実際のところ、ノエルの料理は美味しいので軽く平らげてしまうのだが。


「ブルーベリージャムは、俺が大好きなものだな。それを一番にもらっていいか」
「もちろんです」


 ノエルに促され、ランスロットはブルーベリージャムのベーグルサンドに豪快にガブリとかぶりついた。もっちりとしたベーグルの触感が格別で、甘酸っぱいブルーベリージャムとまろやかなクリームチーズとの相性も抜群だ。つい、無言で食べ進めてしまう。
 そして、そんなランスロットを満足そうに見つめていたノエルが、不意に「そういえば」と言葉をかける。


「ランスロットさん。さっきどんな夢を見ていたか、覚えてます?」
「むぅ……。よく思い出せんな。俺は、またうなされていたのか?」


 珍しく夢の内容を思い出せないことに、ランスロットは眉根を寄せて唸る。いつもと違い、痛くも苦しくも悲しくもなかった気がするのだが、どうにも胸が空かない気持ちだけは残っている。


「いえ、ちょっと変な寝言が聞こえて。『魔剣』がどうとか、『ゲーティアアーマー』がどうとか。後は、『マネジャー』が~とか。……武器や防具を管理するマネジャーになる夢ですかね?」


 ノエルは、ランスロットが久しぶりに悪夢以外の夢を見たと思っているのか、少し嬉しそうにも見える。
「そんなマネジャーがいるのか」と逆に問いたくなるランスロットだったが、その言葉はベーグルサンドと共にごくりと飲み込んだ。ノエルが笑顔であればそれでかまわないし、二人で楽しくティータイムができれば尚良しだ。
 だから、いつもは言わないような空想を冗談めいて口にした。


「異世界で転職する夢かもしれんな」





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