【コミカライズ】堕ちた聖騎士さまに贈るスペシャリテ〜恋した人はご先祖さまの婚約者でした〜
第11話 ハッピーベリーのクリームサンド
ロンダルク産のブランド苺──、ハッピーベリーは、王族の口にも入ると言われる高級な果物だ。それだけに、農家は丹精込めて苺を育てているのだが、ちょうどその収穫時期には、難題が発生する。
「ウチんとこのハッピーベリーを狙って、アブラ怪鳥の群れが来るねん! 毎年毎年毎年ぃっ!」
ハッピーベリー農家の長女、ニナ・オルガは、ベーカリーカフェ ルブランの店のカウンターをバンバンと荒っぽく叩いた。
「に、ニナ! お客様がいるから、落ち着いて!」
ノエルは慌ててニナをなだめ、話の続きを促した。
「あ、ごめんな。あの化け物鳥のこと考えると、つい腹たってもぅて。とにかくやで、毎年アブラ怪鳥が、うっとこの苺盗み食いしにくるせいで、大損害やねん! おかげで畑大荒れで、全然数を出荷できひんし、鳥臭いし、ホンマにもうっ!」
「ニナ、落ち着いて!」
またヒートアップしそうになったニナに、ノエルはハラハラしてしまう。
ニナは、17歳とノエルと歳も近く、さばさばとしたさっぱりとした性格が親しみやすかったため、すぐに打ち解けた。しかし、ハッピーベリーへの愛がとんでもなく深く、そのこととなると荒っぽくなってしまうのがたまにキズだ。
「ウチ、ハッピーベリーで天下取ったんねん! やし、アブラ怪鳥には負けられへん」
ニナは、ピンク色のメッシュの入った茶髪を振り乱しながら語った。天下とは、オーランド王国を上げて行われる苺の品評会で優勝することらしい。何にせよ、ニナの志は高く、気持ちは熱い。
「で、そのアブラ怪鳥の群れを追い払ってほしいってこと?」
ノエルが言うと、ニナは「せやねん」と大きく頷いた。
「去年までは、ウチとオカンとオトンで頑張っとったんやけど、こないだオトンが腰いわしてしもて」
「そういえば、言ってたね。ギックリ腰って」
「そやねん。やし、今年は、ノエルんとこに手伝ってほしい思て! 怪鳥を追っ払ってくれたら、ハッピーベリープレゼントするし!」
ハッピーベリープレゼントという言葉に、ノエルは目を輝かせた。
ハッピーベリーは、美味しいが高級なのだ。先日作ったショートケーキも、奮発して使用したハッピーベリーが大好評で、可能ならば是非、また使わせていただきたいと考えていた。
「もちろん、協力するわ! ね、ランスロットさん!」
「何だ? 聞いていなかったぞ」
客に水を注いで戻ってきたランスロットは、何がなんだか分からない様子だったが、ノエルは有無を言わせなかった。
「一緒に頑張りましょう! ニナとハッピーベリーのために!」
***
オルガ家の苺農場は、魔法繊維で作られたハウス内にある。そこには、真っ赤にキラキラと輝くハッピーベリーがたくさん実っており、甘酸っぱい香りが充満していた。
「すごい! ハッピーベリーがこんなに!」
まるで、夢のような場所だ。ノエルは、苺を今すぐ採って食べてしまいたい衝動に駆られてしまう。それくらい、とても美味しそうなのである。
「アブラ怪鳥を撃退してくれたら、苺狩りさせたるから。頼むで、ノエル! ランちゃん! ジュニア君!」
「ランちゃん?」
「ジュニアって、おい」
ランスロットとハインツは、呼び名についてニナに抗議しているが、彼女は受け付けない。
「ランスロットって、長いやん! 領主息子も、ジュニアの方が呼びやすいやん! とにかく頼りにしてんで。とくに二人は、戦い慣れしとるみたいやし」
「ヴァレンさんは呼ばなかったの? あの人、まだロンダルクにいるんでしょ?」
ノエルは、シルバーカトラスを構えるヴァレンを思い浮かべた。人数が多い方が怪鳥退治も楽なはずと思い、ニナはハインツにも声を掛けたらしいが、ヴァレンの姿はない。
「あかん。あのおっさん、報酬は金やないと働かん言うたし。ウチのハッピーベリーがいくらすると思てんねん! 腹立つ」
「ごめん。オレから兄さんに頼めば、来てくれたかも」
ハインツは、申し訳なさそうにため息をついている。たしかに、ヴァレンはハインツから頼めば、カルツォーネ一つで働く男だ。きっとここにも来ただろう。
「まぁ、ええねん。ウチらでなんとかするで!」
ニナは、威勢良く鍬を掲げ叫んだ。なんと勇ましいことか。
「ニナ、お母さんは?」
先程から、ニナの母親はいっこうに現れる気配がない。まさかと思い、ノエルはニナに尋ねた。
「オカンもギックリ腰!」
農業は、腰に負担が来るらしい。
というわけで、ニナ、ノエル、ランスロット、ハインツの四人で、アブラ怪鳥からハッピーベリーを守ることとなった。
「アブラ怪鳥は、草食系の鳥類モンスターだな。さほど強いモンスターではないが、可燃性の油液を吐きつけてくるため、炎魔法は使わない方がいい」
「脂がのりすぎてて味がしないって、本で読んだわ!」
ランスロットとノエルのモンスター知識が披露されるなか、突然空が暗くなり、不穏な風が吹き始めた。
「来たで! 奴ら、何故か毎年同じ日ぃに来るねん!」
ニナがハウスを飛び出し、ノエルたちもそれに続いた。すると、空には深緑色の羽をした、ハトくらいの大きさの鳥が群れを成していた。
「ひぇ~! 集まるとキモいな!」
ハインツは、ゾッとしつつ二刀を抜いた。キラリと光る刃が、アブラ怪鳥に向けられる。
「ノエルとニナは、ハウスの側にいろ! オレとランスロットで、食い止めてやるぜ!」
「取りこぼしは何とかするわ!」
「頑張ってや! ジュニア、ランちゃん!」
ノエルは鋤、ニナは鍬を構えつつ、後ろに下がった。ノエルとしては、ランスロットとハインツの実力をよく知っているので、とても心強い。
「【サモンズアーム】、晴天の槍! 喰らえ、【グラビティウェイブ】!」
ランスロットは晴天の槍を召喚し、アブラ怪鳥の群れに向かって一閃させた。すると、青白い光の衝撃波が飛び、海が割るように群れを切り裂いた。
「オレも負けてられないぜ!」
ハインツもランスロットに続けと、勢い良く大地を蹴り上げ、怪鳥に接近した。
「おらぁっ! 【赤獅子連斬】!」
ハインツは赤い閃光の連撃を放ち、そのまま止まることなく二刀で怪鳥を斬り伏せた。
そして、ランスロットとハインツにより、アブラ怪鳥は次々に仕留められていき、深緑色の羽が辺りに舞った。
「ホンマすごいなぁっ! ランちゃん、ジュニア、やるやん!」
ニナは鍬でアブラ怪鳥を追い払いながら、ガッツポーズをして喜んでいる。ノエルも、戦局が有利なようでホッと一安心だ。これなら、ハッピーベリーは無傷で守れそうである。
しかし──。
「ランスロットさん、ハインツ! 上!」
ノエルが叫ぶと同時に、黒く大きな影がハウスの上空に現れたのだ。
「ボスのお出ましってか?」
ハインツは、「待ってました」と言わんばかりに、巨大なアブラ怪鳥を見上げた。
大きさは普通のアブラ怪鳥を遥かに上回り、その10倍程ありそうだ。クチバシは鋭く、刃物のようにギラギラと光っている。
「雑魚を倒したことで、引き摺り出せたようだ。これを仕留めれば、来年は平和だろうな」
ランスロットは目を細め、ボス怪鳥との距離を測っているようだった。
「よし! 俺が奴を撃ち落とす。ハインツ、後は頼むぞ」
ギャオオオとボス怪鳥が雄叫びをあげ、鉄砲玉のような勢いで油液を吐き出す。ランスロットは、それを紙一重で躱し、身体を捻ったままの姿勢で槍を天へ投げ飛ばした。
「貫け!」
晴天の槍は神速のスピードで天を駆け、ボス怪鳥の右翼を貫いた。
「よっしゃ! 来ぉぉぉいッ!」
ハインツは落下するボス怪鳥の真下に控え、絶妙なタイミングで一刀を抜き放つ。力を溜めた閃光が、空に向かって高く伸びた。
「【一刀居合・紅獅子】!」
ズバンッという巨音とともにボス怪鳥は真っ二つになり、大量の油液が雨の如く降り注いだ。
「げぇぇっ! 油でベトベトだ!」
ハインツは悲鳴をあげてその場を離れたが、すでに油まみれである。
「うわぁ! 二人ともありがとう! アブラ怪鳥の親玉まで倒してくれるなんて、びっくりやわ!」
ニナは、ギトギトベトベトのハインツを避けるように、遠くから大声で礼を言った。一方ハインツは、「タオルくれ」とニナに近づこうとしているが、油で上手く歩けないようだった。
「ハインツには申し訳ないが、たわいのないモンスターだったな」
汗ひとつかいていないランスロットは、鎧についた土埃を払いながらノエルの方に戻って来た。
「お疲れ様です、ランスロットさん」
ノエルが労うと、ランスロットは、ポンとノエルの頭を撫でた。
「ニナから苺を貰えるのだろう? 甘いものが食べたいのだが、作ってくれるか?」
「もちろんです! とびきりのハッピーベリースイーツを作りますね!」
***
アブラ怪鳥を倒した報酬として、ノエルたちは箱いっぱいのハッピーベリーを分けてもらった。そして、さっそく苺スイーツを作るのだが、ニナとハインツも店にやって来ていた。
「ちょ、ジュニア君。まだ油臭いんやけど」
「ちゃんとシャワー浴びてきたっつの! ったく、誰のために戦ったと思ってんだ」
ボス怪鳥の油液を浴びてしまったハインツは、一度自宅に戻り、入浴をしてきたらしいが、まだほのかに油の香ばしい匂いが漂っていた。
「あはは。どんまい、ハインツ」
「ノエル! オレ、多めに食べないと気が済まないからなっ!」
ノエルは不満を訴えるハインツに「はいはい」と頷き、調理を始めた。
「ニナとハインツは、座って休んでてね。よかったら、セサミと遊んであげて」
「黒ゴマアザラシやろ? もう遊んでんで」
「セサミ、保護した時より、でかくなってないか? 毛が伸びたのか?」
ノエルがカウンター越しに声を掛けると、ニナとハインツの明るい返事が返ってきた。ついでに、セサミの嬉しそうな鳴き声も聞こえ、ノエルは安心して作業に取り掛かることができた。
「俺は何をしたらいい? ノエル」
コックコートに着替えたランスロットが、念入りに手を洗いながら言った。その黒のコックコート姿がなんだかセクシーに見え、ノエルは瞬間的に目を奪われてしまう。
いけない! 料理に集中しないと!
ノエルは邪念を振り払い、エプロンをキュッと締め直す。
「フルーツサンドを作りましょう!」
ノエルが高らかに宣言すると、ホールからニナとハインツの歓声が聞こえた。
「フルーツサンド好きやぁ!」
「クリームもりもりで頼む!」
みんな大好き、フルーツサンドだ。ノエルは、ランスロットにホイップクリームの泡立てを任せ、自分は苺と食パンのカットをし始めた。
今回の食パンは、領主夫人フランの農場で採れたルーナ小麦を使っている。
ルーナ小麦は、ソレイユ小麦と比べると、しっとりもっちりとしたパンが焼けるのが特徴だ。フルーツサンドには、とびきりソフトな食パンが合うのである。
そして、言わずもがな。ハッピーベリーは、カットした断面までも赤々と美しく、甘い香りがふわりと広がっていく。
ノエルは堪らず、こっそりと、ハッピーベリーを口に運んだ。
「おいし……!」
凝縮された甘酸っぱさと、たっぷりの果汁に驚かされた。まるでジュースのようである。
「ノエル」
名前を呼ばれ、ノエルはハッと振り返った。すると、ランスロットがシャカシャカと泡立て器を回しながら、こちらをじぃっと見つめていた。
「つまみ食いとは、卑しいぞ」
「味見ですっ! これは料理人の特権ですから!」
ノエルは開き直って、ランスロットの口にもハッピーベリーを放り込んだ。
「ランスロットさんも、共犯ですね」
ノエルが「ふふんっ」と笑うと、ランスロットは少し悔しそうに、しかしハッピーベリーの美味しさに、頬が緩んでいた。
「美味いな」
「これは、最高のフルーツサンドの予感ですね!」
ノエルは、ランスロットが泡立てたクリームをたっぷりパンに塗り、ハッピーベリーを挟み込んだ。そして、食べやすい大きさに切り分け、皿に盛り付けた。
「 《ハッピーベリーのクリームサンド》だ」
ランスロットがテーブルに皿を置くと、ニナとハインツはパチパチと拍手をして喜んだ。
「やばっ、めっちゃ美味しそうやん」
「いっただっきまーす!」
二人はサンドイッチに勢いよく手を伸ばし、ぱくぱくと口に入れた。彼らの表情は幸せそのものだ。
「んんーっ! うまぁ!」
「美味すぎて、何も言えねぇ!」
「私とランスロットさんも食べるんだから! 残しといてよね!」
ノエルはキッチンから、追加の《パンの耳ラスク 塩バター味》を揚げながら叫んだ。サンドイッチがなくなってしまうのではないかと落ち着かない。
「置いといたるやん。ランちゃん、先に別の皿に移しといて! ほっといたら食べてまう」
ニナはもぐもぐしつつ、「早よラスク食べたい」と催促している。あまりにマイペースだが、彼女のそんなところが好きだなぁと、ノエルは思わず笑った。
そしてラスクも完成し、ノエルもテーブルへ向かった。
「すまん、先に戴いているぞ」
ランスロットが椅子を引き、お疲れと労ってくれた。蒼い瞳が、優しくノエルを見つめている。
「こちらこそです」
にっこり微笑み、ノエルもサンドイッチに手を伸ばす。
ナイトランド領にいたときは、店員として料理を作ってばかりだった。しかし、友人とテーブルを囲むのも悪くない。寧ろ、楽しい。
ノエルが、さぁ、食べよう! と思った時──。
カランカランとドアが開く音が響き、隣の農場の奥さんが駆け込んで来た。
「ノエちゃん、力貸して! うちのロンダにんじんが、キラーラビットに狙われとる!」
翌日から店の看板には、【聖騎士(と店主)が、お困り事の相談に乗ります】と追加されたのだった。
「ウチんとこのハッピーベリーを狙って、アブラ怪鳥の群れが来るねん! 毎年毎年毎年ぃっ!」
ハッピーベリー農家の長女、ニナ・オルガは、ベーカリーカフェ ルブランの店のカウンターをバンバンと荒っぽく叩いた。
「に、ニナ! お客様がいるから、落ち着いて!」
ノエルは慌ててニナをなだめ、話の続きを促した。
「あ、ごめんな。あの化け物鳥のこと考えると、つい腹たってもぅて。とにかくやで、毎年アブラ怪鳥が、うっとこの苺盗み食いしにくるせいで、大損害やねん! おかげで畑大荒れで、全然数を出荷できひんし、鳥臭いし、ホンマにもうっ!」
「ニナ、落ち着いて!」
またヒートアップしそうになったニナに、ノエルはハラハラしてしまう。
ニナは、17歳とノエルと歳も近く、さばさばとしたさっぱりとした性格が親しみやすかったため、すぐに打ち解けた。しかし、ハッピーベリーへの愛がとんでもなく深く、そのこととなると荒っぽくなってしまうのがたまにキズだ。
「ウチ、ハッピーベリーで天下取ったんねん! やし、アブラ怪鳥には負けられへん」
ニナは、ピンク色のメッシュの入った茶髪を振り乱しながら語った。天下とは、オーランド王国を上げて行われる苺の品評会で優勝することらしい。何にせよ、ニナの志は高く、気持ちは熱い。
「で、そのアブラ怪鳥の群れを追い払ってほしいってこと?」
ノエルが言うと、ニナは「せやねん」と大きく頷いた。
「去年までは、ウチとオカンとオトンで頑張っとったんやけど、こないだオトンが腰いわしてしもて」
「そういえば、言ってたね。ギックリ腰って」
「そやねん。やし、今年は、ノエルんとこに手伝ってほしい思て! 怪鳥を追っ払ってくれたら、ハッピーベリープレゼントするし!」
ハッピーベリープレゼントという言葉に、ノエルは目を輝かせた。
ハッピーベリーは、美味しいが高級なのだ。先日作ったショートケーキも、奮発して使用したハッピーベリーが大好評で、可能ならば是非、また使わせていただきたいと考えていた。
「もちろん、協力するわ! ね、ランスロットさん!」
「何だ? 聞いていなかったぞ」
客に水を注いで戻ってきたランスロットは、何がなんだか分からない様子だったが、ノエルは有無を言わせなかった。
「一緒に頑張りましょう! ニナとハッピーベリーのために!」
***
オルガ家の苺農場は、魔法繊維で作られたハウス内にある。そこには、真っ赤にキラキラと輝くハッピーベリーがたくさん実っており、甘酸っぱい香りが充満していた。
「すごい! ハッピーベリーがこんなに!」
まるで、夢のような場所だ。ノエルは、苺を今すぐ採って食べてしまいたい衝動に駆られてしまう。それくらい、とても美味しそうなのである。
「アブラ怪鳥を撃退してくれたら、苺狩りさせたるから。頼むで、ノエル! ランちゃん! ジュニア君!」
「ランちゃん?」
「ジュニアって、おい」
ランスロットとハインツは、呼び名についてニナに抗議しているが、彼女は受け付けない。
「ランスロットって、長いやん! 領主息子も、ジュニアの方が呼びやすいやん! とにかく頼りにしてんで。とくに二人は、戦い慣れしとるみたいやし」
「ヴァレンさんは呼ばなかったの? あの人、まだロンダルクにいるんでしょ?」
ノエルは、シルバーカトラスを構えるヴァレンを思い浮かべた。人数が多い方が怪鳥退治も楽なはずと思い、ニナはハインツにも声を掛けたらしいが、ヴァレンの姿はない。
「あかん。あのおっさん、報酬は金やないと働かん言うたし。ウチのハッピーベリーがいくらすると思てんねん! 腹立つ」
「ごめん。オレから兄さんに頼めば、来てくれたかも」
ハインツは、申し訳なさそうにため息をついている。たしかに、ヴァレンはハインツから頼めば、カルツォーネ一つで働く男だ。きっとここにも来ただろう。
「まぁ、ええねん。ウチらでなんとかするで!」
ニナは、威勢良く鍬を掲げ叫んだ。なんと勇ましいことか。
「ニナ、お母さんは?」
先程から、ニナの母親はいっこうに現れる気配がない。まさかと思い、ノエルはニナに尋ねた。
「オカンもギックリ腰!」
農業は、腰に負担が来るらしい。
というわけで、ニナ、ノエル、ランスロット、ハインツの四人で、アブラ怪鳥からハッピーベリーを守ることとなった。
「アブラ怪鳥は、草食系の鳥類モンスターだな。さほど強いモンスターではないが、可燃性の油液を吐きつけてくるため、炎魔法は使わない方がいい」
「脂がのりすぎてて味がしないって、本で読んだわ!」
ランスロットとノエルのモンスター知識が披露されるなか、突然空が暗くなり、不穏な風が吹き始めた。
「来たで! 奴ら、何故か毎年同じ日ぃに来るねん!」
ニナがハウスを飛び出し、ノエルたちもそれに続いた。すると、空には深緑色の羽をした、ハトくらいの大きさの鳥が群れを成していた。
「ひぇ~! 集まるとキモいな!」
ハインツは、ゾッとしつつ二刀を抜いた。キラリと光る刃が、アブラ怪鳥に向けられる。
「ノエルとニナは、ハウスの側にいろ! オレとランスロットで、食い止めてやるぜ!」
「取りこぼしは何とかするわ!」
「頑張ってや! ジュニア、ランちゃん!」
ノエルは鋤、ニナは鍬を構えつつ、後ろに下がった。ノエルとしては、ランスロットとハインツの実力をよく知っているので、とても心強い。
「【サモンズアーム】、晴天の槍! 喰らえ、【グラビティウェイブ】!」
ランスロットは晴天の槍を召喚し、アブラ怪鳥の群れに向かって一閃させた。すると、青白い光の衝撃波が飛び、海が割るように群れを切り裂いた。
「オレも負けてられないぜ!」
ハインツもランスロットに続けと、勢い良く大地を蹴り上げ、怪鳥に接近した。
「おらぁっ! 【赤獅子連斬】!」
ハインツは赤い閃光の連撃を放ち、そのまま止まることなく二刀で怪鳥を斬り伏せた。
そして、ランスロットとハインツにより、アブラ怪鳥は次々に仕留められていき、深緑色の羽が辺りに舞った。
「ホンマすごいなぁっ! ランちゃん、ジュニア、やるやん!」
ニナは鍬でアブラ怪鳥を追い払いながら、ガッツポーズをして喜んでいる。ノエルも、戦局が有利なようでホッと一安心だ。これなら、ハッピーベリーは無傷で守れそうである。
しかし──。
「ランスロットさん、ハインツ! 上!」
ノエルが叫ぶと同時に、黒く大きな影がハウスの上空に現れたのだ。
「ボスのお出ましってか?」
ハインツは、「待ってました」と言わんばかりに、巨大なアブラ怪鳥を見上げた。
大きさは普通のアブラ怪鳥を遥かに上回り、その10倍程ありそうだ。クチバシは鋭く、刃物のようにギラギラと光っている。
「雑魚を倒したことで、引き摺り出せたようだ。これを仕留めれば、来年は平和だろうな」
ランスロットは目を細め、ボス怪鳥との距離を測っているようだった。
「よし! 俺が奴を撃ち落とす。ハインツ、後は頼むぞ」
ギャオオオとボス怪鳥が雄叫びをあげ、鉄砲玉のような勢いで油液を吐き出す。ランスロットは、それを紙一重で躱し、身体を捻ったままの姿勢で槍を天へ投げ飛ばした。
「貫け!」
晴天の槍は神速のスピードで天を駆け、ボス怪鳥の右翼を貫いた。
「よっしゃ! 来ぉぉぉいッ!」
ハインツは落下するボス怪鳥の真下に控え、絶妙なタイミングで一刀を抜き放つ。力を溜めた閃光が、空に向かって高く伸びた。
「【一刀居合・紅獅子】!」
ズバンッという巨音とともにボス怪鳥は真っ二つになり、大量の油液が雨の如く降り注いだ。
「げぇぇっ! 油でベトベトだ!」
ハインツは悲鳴をあげてその場を離れたが、すでに油まみれである。
「うわぁ! 二人ともありがとう! アブラ怪鳥の親玉まで倒してくれるなんて、びっくりやわ!」
ニナは、ギトギトベトベトのハインツを避けるように、遠くから大声で礼を言った。一方ハインツは、「タオルくれ」とニナに近づこうとしているが、油で上手く歩けないようだった。
「ハインツには申し訳ないが、たわいのないモンスターだったな」
汗ひとつかいていないランスロットは、鎧についた土埃を払いながらノエルの方に戻って来た。
「お疲れ様です、ランスロットさん」
ノエルが労うと、ランスロットは、ポンとノエルの頭を撫でた。
「ニナから苺を貰えるのだろう? 甘いものが食べたいのだが、作ってくれるか?」
「もちろんです! とびきりのハッピーベリースイーツを作りますね!」
***
アブラ怪鳥を倒した報酬として、ノエルたちは箱いっぱいのハッピーベリーを分けてもらった。そして、さっそく苺スイーツを作るのだが、ニナとハインツも店にやって来ていた。
「ちょ、ジュニア君。まだ油臭いんやけど」
「ちゃんとシャワー浴びてきたっつの! ったく、誰のために戦ったと思ってんだ」
ボス怪鳥の油液を浴びてしまったハインツは、一度自宅に戻り、入浴をしてきたらしいが、まだほのかに油の香ばしい匂いが漂っていた。
「あはは。どんまい、ハインツ」
「ノエル! オレ、多めに食べないと気が済まないからなっ!」
ノエルは不満を訴えるハインツに「はいはい」と頷き、調理を始めた。
「ニナとハインツは、座って休んでてね。よかったら、セサミと遊んであげて」
「黒ゴマアザラシやろ? もう遊んでんで」
「セサミ、保護した時より、でかくなってないか? 毛が伸びたのか?」
ノエルがカウンター越しに声を掛けると、ニナとハインツの明るい返事が返ってきた。ついでに、セサミの嬉しそうな鳴き声も聞こえ、ノエルは安心して作業に取り掛かることができた。
「俺は何をしたらいい? ノエル」
コックコートに着替えたランスロットが、念入りに手を洗いながら言った。その黒のコックコート姿がなんだかセクシーに見え、ノエルは瞬間的に目を奪われてしまう。
いけない! 料理に集中しないと!
ノエルは邪念を振り払い、エプロンをキュッと締め直す。
「フルーツサンドを作りましょう!」
ノエルが高らかに宣言すると、ホールからニナとハインツの歓声が聞こえた。
「フルーツサンド好きやぁ!」
「クリームもりもりで頼む!」
みんな大好き、フルーツサンドだ。ノエルは、ランスロットにホイップクリームの泡立てを任せ、自分は苺と食パンのカットをし始めた。
今回の食パンは、領主夫人フランの農場で採れたルーナ小麦を使っている。
ルーナ小麦は、ソレイユ小麦と比べると、しっとりもっちりとしたパンが焼けるのが特徴だ。フルーツサンドには、とびきりソフトな食パンが合うのである。
そして、言わずもがな。ハッピーベリーは、カットした断面までも赤々と美しく、甘い香りがふわりと広がっていく。
ノエルは堪らず、こっそりと、ハッピーベリーを口に運んだ。
「おいし……!」
凝縮された甘酸っぱさと、たっぷりの果汁に驚かされた。まるでジュースのようである。
「ノエル」
名前を呼ばれ、ノエルはハッと振り返った。すると、ランスロットがシャカシャカと泡立て器を回しながら、こちらをじぃっと見つめていた。
「つまみ食いとは、卑しいぞ」
「味見ですっ! これは料理人の特権ですから!」
ノエルは開き直って、ランスロットの口にもハッピーベリーを放り込んだ。
「ランスロットさんも、共犯ですね」
ノエルが「ふふんっ」と笑うと、ランスロットは少し悔しそうに、しかしハッピーベリーの美味しさに、頬が緩んでいた。
「美味いな」
「これは、最高のフルーツサンドの予感ですね!」
ノエルは、ランスロットが泡立てたクリームをたっぷりパンに塗り、ハッピーベリーを挟み込んだ。そして、食べやすい大きさに切り分け、皿に盛り付けた。
「 《ハッピーベリーのクリームサンド》だ」
ランスロットがテーブルに皿を置くと、ニナとハインツはパチパチと拍手をして喜んだ。
「やばっ、めっちゃ美味しそうやん」
「いっただっきまーす!」
二人はサンドイッチに勢いよく手を伸ばし、ぱくぱくと口に入れた。彼らの表情は幸せそのものだ。
「んんーっ! うまぁ!」
「美味すぎて、何も言えねぇ!」
「私とランスロットさんも食べるんだから! 残しといてよね!」
ノエルはキッチンから、追加の《パンの耳ラスク 塩バター味》を揚げながら叫んだ。サンドイッチがなくなってしまうのではないかと落ち着かない。
「置いといたるやん。ランちゃん、先に別の皿に移しといて! ほっといたら食べてまう」
ニナはもぐもぐしつつ、「早よラスク食べたい」と催促している。あまりにマイペースだが、彼女のそんなところが好きだなぁと、ノエルは思わず笑った。
そしてラスクも完成し、ノエルもテーブルへ向かった。
「すまん、先に戴いているぞ」
ランスロットが椅子を引き、お疲れと労ってくれた。蒼い瞳が、優しくノエルを見つめている。
「こちらこそです」
にっこり微笑み、ノエルもサンドイッチに手を伸ばす。
ナイトランド領にいたときは、店員として料理を作ってばかりだった。しかし、友人とテーブルを囲むのも悪くない。寧ろ、楽しい。
ノエルが、さぁ、食べよう! と思った時──。
カランカランとドアが開く音が響き、隣の農場の奥さんが駆け込んで来た。
「ノエちゃん、力貸して! うちのロンダにんじんが、キラーラビットに狙われとる!」
翌日から店の看板には、【聖騎士(と店主)が、お困り事の相談に乗ります】と追加されたのだった。
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