【コミカライズ】堕ちた聖騎士さまに贈るスペシャリテ〜恋した人はご先祖さまの婚約者でした〜

ゆちば

第10話 夜酒とスモークチキンエピ

 その日は、五歳の少女の誕生日だった。両親からの予約があり、ノエルは子どもも大人も喜ぶ、お子様ランチならぬ、お子様ディナーを用意した。


 前菜は、可愛らしくクレープに包まれた、《生ハムサラダのクレープ包み~赤オニオンドレッシング》。
 スープは、甘く口当たりのいい《ロンダかぼちゃポタージュ》。
 パンは、子供でも食べやすい《ミルクロール》。
 メインディッシュは、みんな大好き《デミたまハンバーグ》。
 デザートは、《ハッピーベリーのショートケーキ》をホールで。
 ちなみにハッピーベリーは、ロンダルク領で生産されている、甘酸っぱさのバランスが非常に良いブランド苺である。


「お父ちゃ、お母ちゃ! ごはん、すっごくおいしいっちゃ! こないなはじめてだね!」


 少女は満面の笑みで、ハンバーグを口に運んでいる。口の周りに、ソースがついている姿が愛らしい。


「そうなぁ、美味しいなぁ。父さんも大満足じゃ」
「母さんの分のお肉も食べぇ。ほら」


 父親と母親は、我が子の嬉しそうな様子を見て、幸せそうに微笑んでいる。


 この後は、お誕生日ケーキが待ってるんだから! きっと、もーっと喜ぶわ!


 ノエルはキッチンから、家族の幸せいっぱいな食事姿を、こっそりと見守っていた。誕生日のお祝いディナーの予約と聞いた時は、普段体験できないようなフルコース料理を作ることも考えた。だがやはり、主役の子が楽しく食べれるメニューに寄せて正解だった。


「あんなに美味しそうに食べてくれるなんて、私、泣きそうです。メニューを試行錯誤した甲斐があります」


 ノエルは胸を熱くしながら、皿を洗っているランスロットに話しかけた。


「あぁ。あの少女だけでなく、両親にとっても、忘れられない誕生日になるだろう」
「誕生日かぁ……。ランスロットさんの誕生日は、十二月十七日でしたよね? まだまだ先ですね」
「……そのとき俺は、三二六歳なのだろうか? 」


 真面目に考え始めたランスロットが可笑しく、ノエルは小さく笑った。


「ふふふ。ランスロットさん、とってもお爺さんですね」
「ケーキのロウソクは、たくさん用意してもらわねばならんな。……ところで、ノエルの誕生日はいつだ?」


 ランスロットは、白いスープ皿を洗い終わり、次の皿に手を伸ばしながら尋ねた。


「私の誕生日は、二月二十八日です。あ、ランスロットさんに出会った日の前日ですね!」
「前日……!」


 ランスロットの手から、皿が滑り落ち、キッチンの床で砕け散った。同時に、パリンッという音が響き、客家族とノエルが驚いて、ランスロットを振り返った。


「し、失礼した!」


 ランスロットは、慌てて皿の破片を拾い集め、箒を取りに走った。ノエルが、「大丈夫ですか?」と心配そうに言葉を掛けるが、ランスロットが皿を割ることは、もはや珍しくない。


「ランスロットさん! 次にお皿を割ったら、ペナルティとして、私のリクエストする洋服を着てもらいますからね!」
という、謎の罰をノエルから予告されていたせいではないが、ランスロットは、自分でもよく分からないくらいの衝撃を受けていた。


「俺は、どうしたら……」






 ***


 ディナー客の家族が退店し、店の片付けも終わった午後十時。


 ランスロットは、外に出掛けようと、ガチャガチャと鎧を装備し始めていた。


「こんな時間にフル装備で外出ですかっ? 」


 ノエルは、セサミをもふもふと撫でながら、驚いてランスロットを見つめた。


 今まで、彼が閉店後に外出などしたことは、一度もなかったからだ。


「少し、夜風に当たろうかと思ってな」
「珍しい。私は先に寝るかもしれませんけど……。あまり遅くならないでくださいね」
「きゅうっ!」


 そしてランスロットは、ノエルとセサミに見送られ、夜の散歩に出掛けたのだった。


 しかし、夜の町といっても、ロンダルク領。元々飲食店もほとんどなく、農家は早々に寝てしまうという健全な町である。夜に見れるものといえば、美しい月や星に限られる。


「まぁ、考え事をするにはいいかもしれんな」


 ランスロットは、穏やかな川の側に腰を下ろした。するとそこに、見覚えのある人影が現れた。


「やっ! 騎士様じゃないか。こんな夜に一人でどうした? ノエルお嬢に追い出されたかい?」
「ヴァレン殿か」


 月明かりに照らされ、顔に傷のある男の不敵な笑みが、見て取れた。手に酒瓶を持っており、飲みながら歩いていたらしい。


「ロンダルクに来ていたのか。……ん。酒臭いな。相当飲んでいるな?」
「まー、量はなかなかね。ハインツの家で飲んでたんだけど、泊まろうとしたら追い出されてね。飲み直しさ」


 どうやら追い出されたのは、ヴァレン自身だったようだ。彼は何処からともなく新しい酒瓶を取り出し、ランスロットに勧めた。


「超レアなやつ、あげるよ。ヤマト領の《三鷹》って酒。美味いよ~?」
「ほう。ヤマト領の酒か。有り難くいただこう」


 ランスロットが酒を飲むのは久々だった。闇の世界から戻ってきて、初めての酒だ。つまり、三百年ぶりだ。


「美味いな。品のある味だ」
「それが分かるなら、アンタはなかなかの酒好きと見た! ノエルお嬢といたら、なかなか酒を飲む機会がないんじゃないかい? つらくない?」


 たしかに、ランスロットは酒が好きだった。貴族の社交の場で酒は欠かせなかったし、勇者の仲間とも、何度も酒杯を交わした覚えがある。もちろん、アンジュとも晩酌をした。


「だが、ノエルの作る食事を食べていると、特段酒が欲しくてたまらなくなるわけでもない」


 ランスロットが言い切ると、ヴァレンは信じられないという表情を浮かべた。


「は~っ! アンタ、幸せもんだね! 悩みとかなさそう」
「こう見えても、何かと問題を抱えているのだがな」


 ランスロットはハッと思いつき、ひとつヴァレンに悩みを相談してみることにした。


「ヴァレン殿、意見をもらいたいことがある」
「おっ? いいよいいよ。お兄さんは経験豊富だから、頼りにしてくれ」


 ヴァレンはグイッと酒を煽り、わくわくと身を乗り出した。


「実は……、ノエルの誕生日を祝ってやりたいのだ」


 口に出すと何だか照れくさく、ランスロットはヴァレンから目を逸らした。一方、ヴァレンは愉快そうに手を叩いている。


「ほーほー! ノエルお嬢の誕生日ね。 で、いつ?」
「それが、もう終わっていてだな。俺と出会う一日前だったらしい」
「は?」


 予想外の答えに、ヴァレンは拍子抜けしたようで、酒瓶をドンっと地面に置いた。


「それは、もう、スルーでよくないかい? 今更だよ、今更」


 ヴァレンはパシパシとランスロットの背中を叩きながら、一人で頷いている。


「女は、誕生日や記念日を忘れたら怖いけど、出会ってもなかったんなら、相手も何も思ってないって。無罪だよ」


「いや、しかし。ノエルは父も亡くし、客すらいない店で、たった一人で誕生日を迎えたわけだ。そのような寂しい思い出は、あってはならない。子どもは、大人から誕生日を祝われて然るべきだ!」


「は?」


 再び、ヴァレンは驚いた顔をした。ランスロットの力強い言葉に、呆気に取られているようだった。


「子ども? 今、ノエルお嬢のこと、子どもって言ったかい?」
「そうだが」


 真顔のランスロットに対し、ヴァレンは腹を抱えて笑いだした。


 もちろん、ランスロットにその理由は分からなかった。ランスロットにとって、ノエルは大切な恋人の子孫であり、なんとしても守りたい少女だ。


「はーっ! そっかそっか、騎士様は保護者ポジション? なのかね。はははっ」


「何が可笑しいのか、さっぱり分からんが」


 ランスロットがムッとした表情を見せたため、ヴァレンは笑いを抑えて彼に向き直った。


「あ、いやぁ、ノエルお嬢が気の毒だなと思ってね」
「だから、誕生日の思い出を、上書きしてやりたいと思ってだな」


 話が誕生日のお祝いに戻り、男二人は頭を抱えた。


「女性には、宝石や花が喜ばれると思っている。今までもそうしてきた。だが俺は、イマドキの流行りが分からん。ましてや、ノエルのような少女には、いったい何をしてやればいいのか」


「まぁ、余計なお世話的なプレゼントは、相手を不快にさせるからねぇ」


 そう言いながら、ヴァレンは左頬をさすっていた。誰かに要らない贈り物でもして、殴られた経験でもあるのだろうか。


「もうさ、ナマ騎士様にリボン付けてラッピングしたら良くない? 絶対喜んで飛びつくと思うよ、ノエルお嬢」
「意味が分からん」


 ヴァレン渾身の提案は、ランスロットに一刀両断されてしまった。が、もう一案あるようで、彼は再び口を開いた。


「まぁ、真面目に答えるとさ。来年祝います、でいいと思うけど? アンタにその気があるのなら」


「もちろん、来年は祝ってやるつもりだ! どのようにするかは、思いついていないが」


 意気込むランスロットを見て、ヴァレンは「そーかいそーかい」と、ニヤニヤと笑った。


「それで十分。さ、答えは出たんだし、飲もうぜ、騎士様」


 するとヴァレンは、懐から包みを取り出し、中からパンを取り出した。それは、ランスロットにも見覚えのあるパンだった。


「《スモークチキンと春レンコンのエピ》だったか。ノエルが作ったものだな」


「さすが店員さんだね。昼にリクエストして、作ってもらってたわけよ。これが、ヤマトの酒と合うんだよねぇ。半分あげるよ」


 ランスロットは差し出されたエピを受け取り、口に運んだ。


 香ばしいチキンと、シャキシャキとしたレンコンの食感が口に広がり、濃い醤油味が胃袋を刺激した。もちろん、酒も進む。


「合うな、これは。てっきり食事用のパンかと思っていたが」
「まぁ、何でも、思ってもない魅力が見つかったりするもんさ。頭を柔らかくしてみたら?」


 酒を煽るヴァレンを見ながら、ランスロットはかつての仲間に「堅物」呼ばわりされたことを思い出した。おそらく昔から、自分は頭が堅いらしい。


「さっ! せっかくの夜だ! もっと飲みなよ!」
「あぁ、ありがとう」


 ヴァレンに勧められ、ランスロットの酒瓶は傾いた。






 ***


 夜も更けた深夜2時。ベーカリーカフェ ルブランのドアを、ドンドンッと激しく叩く音が響いた。


 ノエルは恐る恐る、セサミを連れて一階の店に降り、ドアに近づいた。すると、ドアの向こうから、聞き覚えのある声がした。


「ノエルお嬢! 悪いっ! 開けてくれ!」
「ヴァレンさん?」


 ノエルがドアを開けると、ヴァレンとランスロットが、雪崩のように入ってきた。ランスロットに関しては、泥酔しているのか、うつらうつらしているではないか。


「ランスロットさん! こんなに酔っ払って! 大丈夫ですかっ?」


 ノエルは、驚いてランスロットに駆け寄った。彼は、酒で真っ赤になっており、眉間にシワを寄せながらも、眠たそうに浅い息をしている。


「いやぁ、騎士様もなかなか酒に強いと思うよ? でも、俺と同じペースで飲ませちゃったのは、まずかったっぽい。……ごめん、後は任せた!」


 ヴァレンは申し訳なさそうな声を出すと、ウインクをして走り去っていった。素早すぎる。


「あの、変態傭兵っ! ランスロットさんを、こんなにべろべろに酔わせて!」


 ノエルはヴァレンに腹を立てつつ、ランスロットを揺さぶった。床に寝かし続けるわけにはいかないだろう。


「ランスロットさん、しっかりしてください! 聖騎士が酔っ払いなんて、かっこ悪いですよっ!」
「う……、すまん。ノエル……」


 ランスロットは体に力が入らないらしく、ノエルに寄りかかった状態で、口を開いた。


「お前の誕生日は、来年……、必ず祝うぞ……。約束、だ」


 何故急に誕生日の話なのか、ノエルにはさっぱり分からなかった。しかし、来年も一緒にいてくれると思うと、ノエルは嬉しくてたまらなくなった。


「ありがとう、ランスロットさん。十七歳の誕生日、楽しみにしてますね!」


 眠りに落ちるランスロットの手を握りながら、ノエルは優しく微笑んだ。

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