【コミカライズ】堕ちた聖騎士さまに贈るスペシャリテ〜恋した人はご先祖さまの婚約者でした〜

ゆちば

第8話 春のジェラート〜エフェルの花仕立て~

 ロンダルク領【エフェル祭り】の夜。ノエルとランスロットは、へとへとになって帰宅した。
 ズッシィ盗賊団に荒らされた屋台通りを片付けた後、中央広場での催し――、くじ引き大会、春キャベツ収穫大会、じゃがいも袋詰め大会に参加したのだ。
 残念ながら、くじ引きの一等50000G商品券は当たらなかった。しかし後者の大会では二人で大健闘し、たくさんのキャベツとじゃがいもをゲットすることができ、なかなか大満足の収穫となった。


「さすがに、農家さんのキャベツ収穫速度には敵いませんでしたね!」
「あぁ。その道のプロは手強かったな。だが、獲った分を貰えるのは有り難い。非常に太っ腹な企画だった」


 ノエルとランスロットは互いに感想を述べ合いながら、大量のキャベツとじゃがいもを店のカウンターに置いた。どすんっという重々しい音がする。


「俺は驚いたぞ。俺以外の参加者が皆、じゃがいもを詰める袋を引き伸ばしているとは」
「魔法繊維の袋はよく伸びますからね! 詰め放題の常識ですよ!」


 ノエルは、聖騎士が泥だらけになりながらキャベツを収穫する姿や、じゃがいもを袋詰めする姿を思い出して笑った。
 ランスロットは慣れない様子だったが、とても楽しそうにしていた、と思う。彼が現代の庶民の娯楽を楽しんでくれたのなら、それだけで今日は十分な気がした。


「ノエル、頼みがある」


 ふと、ランスロットが口を開いた。すやすやと眠っているセサミをそっとじゃがいもの隣に置きながら、ノエルに視線を向けている。
 ノエルは、急に改まって頼むと言われると、なんだか緊張してしまった。


「な、何ですかっ?」
「いや、もし、余力があればだ。これを使って、何か甘味を作れないだろうか」


 ランスロットが遠慮がちに懐から取り出したのは、瓶いっぱいの花だった。美しい黄色い花びらが、瑞々しく輝いている。


「エフェルの花ですね。綺麗ですねぇ」


 ノエルは、ランスロットの頼みがスイーツのリクエストであったことにホッと胸を撫で下ろしながら瓶を見つめた。これなら力になれそうだ。


「食用のエフェルの花を見つけて、つい買ってしまったのだが、俺一人ではどう処理したらいいか分からなくてな」
「私なら、どうにか調理できるだろうと思ってくださったのは光栄です。やりましょう!」


 本人は喜ばないかもしれないが、ノエルはランスロットのことを可愛いと思ってしまった。それだけに、是非とも希望に応えたい。


「遊び疲れも吹っ飛ぶ、デザートを作ります! お手伝いしてくださいね」






 ノエルとランスロットは、春キャベツ収穫大会で汚れてしまった服から着替え、キッチンに入った。
 さすがに鎧を外したランスロットは、薄手の白いシャツ姿だ。いつもよりさらにスマートに見え、そして不思議と色気が増して見えるため、なんだか見つめてはいけないような気持になってしまい、ノエルはついつい目を伏せる。


「……エ、エフェルの花は甘酸っぱい香りがするので、さっぱりとしたジェラートにするのはどうでしょう?」


 ノエルはエフェルの花の入った瓶を開け、すんすんと香りを嗅ぎながら言った。ついでに花びらを一枚味見し、予想よりも酸味があることに驚いた。味は、レモンやグレープフルーツのような、柑橘系のフルーツによく似ている。


「ジェラートか。良い案だ」


 ランスロットの同意も得て、ノエルはさっそくエフェルの花を三分の二ほど瓶から取り出し、ボールに入れた。


「ランスロットさん、エフェルハニーとヨーグルトを入れてください」
「あぁ、分かった」


 慎重に材料をボールに注ぐランスロットからは几帳面さが滲み出ており、彼は製菓向きの人かもしれないなと、ノエルは微笑ましく見守る。


 次は、材料を混ぜ合わせる作業だ。


「ボールを押さえていてもらっていいですか? ミキシングしますね」


 力を借りたのは、風の精霊だ。威力を抑えた小さな竜巻をボール内に発生させ、エフェルの花、エフェルハニー、ヨーグルトを混ぜ合わせていく。


「ご先祖様――、アンジュも料理に魔法を使ってたんですよね? もっと凄かったですか?」


 ノエルは、前々から気になっていたことを尋ねた。
 アンジュは、ルブラン家に魔法料理を伝えた祖である。いったいどんな料理人だったのか、興味を持たずにはいられない。


「俺の記憶のアンジュは、魔法料理人と呼べるほど、魔法を上手く扱えてはいなかったな。パンの発酵時間を早めるところは見たことがあるが……。お前のように、複数の精霊を自在に操る技術はなかったように思うぞ」


 ランスロットは、記憶を探るような表情を浮かべながら言った。


 もしかして、ランスロットはアンジュの魔法に関する記憶の一部をなくしているのかもしれない。もしくは、彼がいなくなってから、アンジュは魔法の才能を開花させたのかもしれない。
 しかし、それでもノエルは嬉しかった。ご先祖様より優っている部分を見つけることができたのだ。そのことを、ランスロットが教えてくれたのだ。


 少しくらい、喜んだっていいよね?


「じゃあ、次は冷やしますね!」


 ノエルはご機嫌になって、水と風の精霊の力でボールを冷却し始めた。急速冷凍だ。


「俺は治癒術なら使えるのだが、属性魔法の素養があれば、料理の役に立てただろうか?」


 ランスロットは、「なんなら今から習得しよう」と言いかねないような、真剣な顔をしている。どこまでも真面目な人である。


「ランスロットさんなら、本当に魔法料理人になっちゃいそうで怖いです。何でもできそうだから」


 ノエルがおどけて言うと、ランスロットは真面目に首を横に振った。


「俺にも、多くの挫折があったぞ。仮にも貴族だ。様々な教養を身に着けようとしたが、芸術はダメだった。もちろん、見る分にも価値が分からんのだが、自ら絵を描かなければならなかった時は、地獄だった」


 そういえば、ランスロット作の店のチラシは散々な出来だったことを思い出した。セサミのイラストが、もこもこの黒い埃にしか見えなかったのだ。どうやらあれは、三百年前でも通用しないデザインだったようである。


「ふふっ。たしかに、あの絵は……。あ、ダメです。思い出し笑いが……っ!」
「失礼な奴め。だが、まぁ、寧ろ笑ってくれた方が有り難い」


 二人で笑っている間に、ボールの中身はシャリシャリとなめらかの中間に冷え固まった。ジェラートの完成だ。


「器にジェラートをよそって、最後に、残しておいたエフェルの花びらを散らします!」


 ノエルがパァッとエフェルの花びらをジェラートの上に舞い散らせると、爽やかな香りがふわりと広がった。黄色の花びらの可愛い一皿だ。


「《春のジェラート~エフェルの花仕立て》! 召し上がれ!」


 ランスロットは、ェラートの見た目の美しさに感心したようで、じっくりとそれを眺めていた。ノエルはそんなランスロットを、ついこっそりと見つめてしまう。


「芸術に疎い俺でも、ノエルの料理の美しさは分かるぞ」
「とても簡単なデザートなので、あんまり繁々と見られても……」


 ノエルは何だか照れくさくなり、早く食べるようにとランスロットにスプーンを握らせた。
 しかし、それと同時に外から優雅な雰囲気の音楽が流れてきた。ノエルは初めて聞く曲だったが、ランスロットの眉はピクリと動く。


「ほぅ。【光泉の円舞曲】だな」
「広場で演奏してるんでしょうか? 二階から覗いてみましょう!」


 ノエルたちが帰宅した後も、祭りは続いていたらしい。
 二人は、ジェラートを片手に階段を駆け上り、ランスロットの部屋の窓から中央広場を覗いた。あまりはっきりとは見えないが、様々な楽器を持った演奏団が曲を奏でているようだった。


「いい曲だ。懐かしい感じがする」
「私、あまり音楽には詳しくないですけど、素敵な曲ですね。あ、見てください! 広場でダンスパーティみたいなことが始まってますよ!」


 ノエルは外を見ながら、ランスロットの隣でうっとりと曲に耳を傾け、ジェラートを口に運ぶ。
 ひんやりと爽やかな甘さが口いっぱいに広がり、疲れがすべて吹き飛ぶような、脳が甘くとろけるような多福感に包まれる。


「はぁ~。夜遅くのデザートって、罪悪感を跳ね除けるくらい魅惑的ですよね」


「ね?」 と、ノエルはランスロットの顔を覗き込んだ。
 しかし、彼の様子はなんだかおかしかった。急に胸を押さえて、俯いている。


「エフェルの花……。あの時の、ワルツ……」


 この感覚は、まさか!


 精霊たちが、ノエルに告げている。
『魔の契約が、ひとつ解放されるよ――』と。


「契約……?」


 ランスロットの銀の鎖がパキンッと砕け散り――、ノエルは自らそのカケラに触れた。
 ノエルは知りたかったのだ、ランスロットの記憶を。彼の過去を。














 ***
 どこか大きな城の大広間だ。平民のノエルには、一生縁のないような、煌びやかで豪華な装飾が施された空間だで、着飾った貴族と思しき人々が優雅なダンスを踊っている。どうやら、ダンスパーティのようだ。先程耳にした曲、【光泉の円舞曲】が演奏されている。


「そなたは踊らぬのか? ランスロット」


 ふと、視界に銀の長い髪をした尖った耳の美しい女性が映る。
 その外見的特徴から、彼女はリスダール国のエルフ族で間違いない。ということは、かつてランスロットと共に魔王大戦で活躍したエルフの魔道姫リナリーだろうか。
 彼女はスタイル抜群な上に、大きなスリットの入ったセクシーなドレスを身に纏っており、見ているこちらがドギマギてしまう。正直、目のやりどころに困るのだが、ランスロットの視点であるため、目をそらすことができない。


「なんだ? 俺を誘っているのか?」
「冗談はやめよ。なぜ妾が、そなたのような堅物と」


 女性は、高飛車な態度で言い放つ。そして、美しい顔を歪めながらランスロットを睨んでいる。


「わざわざ、オーランド王国の王が催した宴。少しはユリウスとシスティを見習い、踊って参れと言っているのじゃ」
「お前もダンスを楽しんでいるようには見えないが」
「妾は気高きエルフ族ゆえ、よほどの男が現れぬ限り、触れさせることも許さぬ。上級貴族以上の男前が最低条件じゃ!」


 ランスロットの呆れ気味なため息が聞こえ、視界に黄色い飲み物が入ったグラスが映る。


「相変わらずだな。お前は」
「そなたに言われたくはないわ」
「俺は、酒をゆっくり飲みたい。ダンスは、心を許した相手としかする気はない」
「ふん。堅物め! 貴族ならば、ダンスは社交手段と割り切れば良いものを」
「やたらハードルの高いエルフ姫には言われたくない」
「あ~、嫌じゃ嫌じゃ! そなたと話すと意地悪くなってしまうわ」


 女性は機嫌をさらに損ねたようで、ぷぃっとこちらに背を向けた。しかし、ふと思い出したように、ニヤリと口の端を上げた表情で振り返る。


「ランスロットよ。その酒……、エフェルの花酒が気に入ったようじゃな? 知っておるか? その花の花言葉を」
「《新しい実り》だろう? それくらい知っている」 


 ランスロットはすぐに答えたが、女性はクスクスと可笑しそうに笑っている。


「もう一つあるのじゃ。乙女を相手にするときは、覚えておくとよいぞ。それはのぅ……」










 ***
 スゥッと映像は消えゆき、ランスロットの記憶の回想が終わった。
 ノエルの視界は再びランスロットを捉えたが、彼は何事もなかったかのように、楽しそうに窓の外を眺めている。 


「【光泉の円舞曲】は、俺の好きな曲だ。三百年経っても色褪せない、優しく美しい曲……」


 彼は突然くるりと振り返ると、ノエルの右手を取った。


「えっ?」


 ランスロットは、戸惑うノエルの腰にそっと左手を添えて微笑んだ。澄んだ蒼い瞳がノエルを真っ直ぐに見つめており、ノエルは思わずたじろいでしまう。


「ノエル。俺と踊ってくれないか?」


 耳のすぐそばでランスロットの低い声が囁き、ノエルの胸は大きく高鳴った。窓から差し込む月明かりに照らされ、自分の顔が赤いことがバレてしまうのではないかと思うと、鼓動がさらに速くなる。


「わ、私、踊りなんてできません!」
「俺は、ダンスは得意だ。任せてくれたらいい。……せっかくの祭りなんだ。最後まで楽しもう」


 つい強い口調になったノエルに、ランスロットは優しく微笑む。
 そのとろけるような甘い声と眼差しを前に、ノエルはダンスを断ることなどできない。
 「待って」とさえも言い終わらないうちに、ランスロットは曲に合わせてステップを踏み出した。


「あっ……!」


 ノエルは半ば強引にリードされ、しかし徐々にランスロットに身を任せ、優雅な曲に溶け込んでいった。
 小さなダンスホールだが、ノエルにとってはどんな華やかで豪華な城よりも、素敵な空間だった。ランスロットと二人だけのダンスパーティなのだから。


 たとえ、ランスロットさんが、私を通してアンジュを見ているとしても。今は……、今だけは私の――。


 ランスロットの瞳を見つめていると、ノエルはきゅぅっと胸が締め付けられるような痛みを感じ、泣き出しそうな自分に気が付いた。


「あ……。私……」


 ランスロットが「どうかしたか?」と視線を向けるが、ノエルは言葉を紡ぐことができなかった。いや、続きを口に出してはいけないと思ったのだ。


 私、ランスロットさんのことを好きになってしまったんだ。優しくて、強くて、守ってくれるこの人を。
 だから、余計に苦しいんだ。だって、ランスロットさんの心の中には、いつもアンジュがいるんだから。私が入る隙なんてないんだから。


「ランスロットさん!」


 曲が終わり、辺りが静かになった頃、ノエルはぴょんっと跳ねるようにランスロットから離れた。


「素敵なダンスをありがとうございました。とても楽しいお祭りでしたね!」
「あぁ。ノエルのお陰で、心の底から楽しめた」


 ランスロットの笑顔が、再びノエルの胸を締め付ける。


 ダメだ。ランスロットさんの顔を直視できない。


 ノエルは勢いよく頭を下げ、「では、おやすみなさい!」と大きな声で告げた。
 ランスロットは驚いて目を大きく見開いていたが、ノエルは振り返らずに、逃げるようにランスロットの部屋飛び出し、階段を駆け下りて行った。


 ご先祖様、ランスロットさん、ごめんなさい。この気持ちは、しまっておくから。だから、許して……。


 ノエルは重たいため息をつき、カウンターでスヤスヤと寝息を立てるセサミを、静かに抱き締めた。






「エフェルの花のもう一つの花言葉――、《淡い恋心》」



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