【コミカライズ】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

8.彼女の嫉妬と元カレとの再会-4

「麻衣さん……」

「ちょ――っ! え!? きゃっ!」

 ラグの上に押し倒す。

「麻衣……」

「ストーップ!!」

 突然、色気のない声で制止され、ハッとした。

「ごめ――」

 慌てて足から手を離すと、彼女は素早く起き上がって服を直した。

「ごめん……」

 妄想し過ぎて夢と現実の区別もつかずに襲い掛かるなんて、最低だ。

 それでなくても、麻衣さんはセックスに抵抗があるのに。

「ごめ……」

 情けなさすぎて、泣けてくる。

 恥ずかしすぎて、麻衣さんの顔を見れない。本気で涙が溢れてきた。

「ごめん……」

 殴られても文句は言えない。

 一年待たずに振られても、縋る資格もない。



 もう、同僚にも戻れないかもしれない……。



「鶴本くん」

 麻衣さんの声に覚悟を決めた時、肩に柔らかくて暖かい感触を覚えた。それから、首筋にひんやりと冷たい感触。

「やっぱり! 熱、あるでしょ」

「……え?」

 麻衣さんは俺の肩の膝掛けの両端を引っ張り、ソファの上で俺の愚行を眺めていた猫を膝に落とした。俺は半裸で猫を抱くという、更に情けない格好になった。

「ちょっと待ってて!」

 麻衣さんはパタパタと寝室に行き、数秒で戻ってきた。

「これ! 私のだけどオーバーサイズで買ったから、着れると思う」と言って、派手なオレンジのTシャツを頭から被せた。

 ようやく、自分に熱があると自覚した。抵抗する気力もない。

 俺はなされるがままにTシャツに手を通した。ぴったり。派手だが。

「やっぱり、昨日の夜寒かったよね」

 麻衣さんとぴったりくっついていたとはいえ、十一月も半ばになると夜は冷える。

「ほら! とりあえずベッドに入って?」

 子ども扱いされても反論できない。恥ずかしさで死ねるなら、この数分で五回は死んでる。

「帰る……」

 まるで、子供ガキだ。

 半泣きで『お家に帰る』と、鶴本少年は言った。

「そんな顔、遠藤さんに見せたこと、ある?」

「え?」

 なぜか麻衣さんは少し嬉しそうに微笑んだ。

「ま……いさ……」

「鶴本くん。鍵を貸してくれたら部屋から着替えを持ってくるから、寝てて? ついでに買い物してくるけど、何か食べたいものある? あ、寝る前に薬飲んでね」

 テレビボードの引き出しから取っ手付きの透明な箱を出し、更に中から薬の箱を出す。

「あ……と、お水!」

 今度はキッチンに行って、ペットボトルの水を持ってくる。

「鶴本くん?」

 呆けている俺を、麻衣さんが心配そうに覗き込む。

 もう、何が何やらわからない。

「私が部屋に入るの、嫌? やっぱり、帰る?」

 俺はフルフルと首を振る。

 脱ぎ捨てたジャケットの内ポケットからアパートの鍵を出して、手渡す。

「ベッドの上のスウェット、持って来て」

「ん」

 頭がふわふわする。

「鮭雑炊、食べたい」

「わかった」

 全身がズキズキする。

「麻衣さん……」

「ん?」

 声が震える。

「嫌いにならないで」

 記憶から消したい、弱音。

 けれど、麻衣さんから帰ってきたのは、記憶喪失になっても忘れないだろう一言だった。

「大好きだよ」

 麻衣さんのベッドで、麻衣さんのTシャツを着て、麻衣さんの匂いに包まれて、麻衣さん愛用の猫を抱いて、眠った。朦朧とする意識の中で、幸せを噛みしめて眠った。

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