【コミカライズ】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

7.彼の嫉妬と元カノとの再会-4

 鶴本くんはキッチンの横のドアをスライドし、洗面所で手を洗う。

 私は鶴本くんに座っているように言い、パスタを茹で、サラダと一緒にテーブルに運んだ。鶴本くんは、いつものように猫のぬいぐるみを抱き締めている。よほど気に入ったらしい。

「これ、ホントに缶詰?」

 パスタをフォークに絡めながら、聞いた。

「うん」

「俺も缶詰使ってパスタ作るけど、こんなに具沢山の缶詰なんてある?」

「ああ。缶詰にひき肉と野菜を足してるから」

「へぇ……」

 鶴本くんはフォークに巻き付けたパスタが落ちないように、素早く口に運んだ。

「んまい」

「そ? 良かった」

「ほれ、んにはいってんの?」

 口をもごもごさせながら、聞く。

「ひき肉と、玉ねぎと人参とピーマンのみじん切り」

「へ、ほんれるね」

「なに、言ってるの?」と、私は笑った。

 子供みたい、と思うことが多い。

 そして、そんな彼を見ていると、穏やかな気持ちになれる。

「缶詰をこんなに美味くできるとか、すごいね」と、鶴本くんがアイスコーヒーを一口飲んでから言った。

 ビールがあると言ったけれど、鶴本くんは断った。

「ありがと」

 鶴本くんの口に合ったようで、二人前をぺろりと食べた。

 私はいつも多めにパスタを茹でて、翌日の朝にも食べる。およそ二人前のミート缶に肉や野菜、ケチャップと茹で汁を足すと、どうしても三人分のソースが出来上がる。



 次からは、四人前のミート缶を買わなきゃ。



 私は翌日のパスタに、とろけるチーズをのせてオーブンで焼くのが好きだった。

 鶴本くんも気に入ってくれると思う。

 食べながら、鶴本くんは南事務所の様子を聞いた。余程気になっているらしく、細かく。

「南にいる方が、仕事しやすい?」

 ごちそうさま、の後で、そう聞かれた。

 さっきも言っていた。

『南事務所の方が居心地良くなっちゃった?』

「どうしてそんなことを聞くの?」

「え?」

「何を気にしてるの?」

「……」

 鶴本くんは無言で、フイッと視線を逸らした。

 私は立ちあがり、食器を片付けた。

 鶴本くんは私が南事務所に慣れて、北事務所に戻りたがらないとでも思っているのだろうか。

 私はお湯で、皿についたミートソースを洗い流す。

「社労士業務を北事務所の担当にするって、所長が言ってたでしょ?」

「……」

 スポンジに洗剤をつけ、皿を擦る。

「私が社労士業務を学んでいるのは、鶴本くんに教えるためなんだよ?」

「……」

「言いたいことがあるなら言えよ」と、私は呟いた。

 二週間前に、この部屋で鶴本くんが言ったこと。

 私は再びお湯を出した。

 チラッと視線を上げると、彼が口を尖らせて猫を抱き締めていた。足まで絡ませて。



 かわいい……。



 鶴本くんの視線がこちらに動き、私は慌てて視線を皿に落とした。にやけかけていた口元を、ギュッと結ぶ。

「――んて、どんな――?」

 鶴本くんが何か呟いたのはわかったけれど、水音で聞こえなかった。

 私はキュッとレバーを上げた。

「なに?」

 静まり返った十二畳のリビングダイニングに、ピチャンと水滴がシンクに弾ける音がする。

「不破さんて、どんな人?」

「不破さん?」

 鶴本くんはバツが悪そうに私に背を向けていた。

 不破さんは、確か私の二歳年下で、楠所長の甥、お姉さんの息子さんだ。大学を卒業し、社労士事務所で三年間の実務経験があり、社労士試験に合格した翌年、所長が事務所に招いた。

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