【コミカライズ】私の身体を濡らせたら
6.面倒な女心、複雑な男心-4
「外勤、行ってきます」
鶴本くんがジャケットを羽織りながら、言った。
「行ってらっしゃーい」
社内にいるみんなが、言った。
「定時までに戻ります」
鶴本くんが私にだけ、言った。
「そこ! 勤務時間中にイチャつかない!」
明子さんがわざと大きな声で、言った。
「すいませーん」
鶴本くんはそう言って、事務所を出て行った。
鶴本くんと付き合い始めて二週間。
意外なことに、鶴本くんは私たちの関係を秘密にした。
言いふらす、とまではいかなくても、隠さないと思った。だから、覚悟していたのに、空回りだった。
鶴本くんはいつも通り、真面目に仕事をして、時々私にちょっかいをかけて、みんなにからかわれて、笑っていた。
それでも、時折じっと見つめられたりして、いつも通りじゃいられないのは私の方だった。
「鶴本くん、本気で麻衣ちゃんを落とす気になったのね」
仁美さんにそう言われて、私は返事のしようがなかった。
だから、鶴本くんが返事をした。
「そうなんです。コンビ解消しちゃったし、うかうかしてらんないなと思って」
「あら。じゃあ、鶴亀コンビが鶴々コンビになるのは時間の問題ね」
「いえ。じっくり長期戦も覚悟してるんで」
「へぇ。本当に本気なんだ」
「はい」
ある意味、交際宣言より恥ずかしい。
こうして、私は鶴本くんに口説かれて、時々一緒に食事に行ったりしている、という関係が出来上がった。
実際は、鶴本くんは毎日私を家まで送ってくれたし、二人で早く上がれた日は一緒にご飯も食べた。けれど、付き合い始めた翌日の一度以外、鶴本くんが私の家に入ることはなく、入りたいとも言わなかった。
お家デートがしたいと言っていたのに、と思った。
けれど、私から誘うのは、気が引けた。
さすがに、わかる。
家に上げたら、コーヒーを飲むだけじゃすまなくなる。
鶴本くんのペースを乱さないように気を配るのが、年上の私の役目だと思った。
「そう言えば、事務所割を変えるかもしれないって、聞きました?」
「ああ、うん。小野寺さんと仁美さんに南事務所に異動してもらうかもって、聞いた」
私の最寄り駅前の居酒屋で、私はスクリュードライバー、鶴本くんはビールを片手に話し込んでいた。
鶴本くんは二人の時に仕事の話をすることを嫌がったりしなかった。
元カレたちは、私より収入が少なかったり専門職でなかったりして、それを気にしているようだった。だから、仕事の話をしたことはない。そうすると、たいして会話も続かなくて、結局ホテルに直行だった。
そうして、恋人とこんな風に食事をしながら会話を楽しむなんて、もしかしたら初めてのこと。
私は、鶴本くんと二人の時間を、楽しんでいた。
「代わりに北事務所に来る不破さん? って知ってますか?」
「うん。何度か会ったことあるよ。合同忘年会の時とか。すっごいテキパキしてて、忙しいの」
じっとしていない、という意味で、忙しい、と言った。
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