【コミカライズ】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

1.鶴亀コンビ-6


 あえて、ホテルの正面玄関で待ち合わせした。車でどこぞに連れて行かれる心配がないから。

 私は挨拶をして、高井さんの一歩斜め後ろを歩いた。

 三十五階の展望レストランから見る札幌の夜景は、相変わらず綺麗。OLCのみんなと見た時の方が何万倍も綺麗だったけれど。

 高井さんが慣れた様子でウエイターに名前を告げ、私たちは席に通された。夜景が一望できる窓側。


 窓側の席って予約リザーブ料取られるんじゃなかった……?



 普通に考えれば、仕事相手への気遣いにしてはやり過ぎだ。

 鶴本くんが知ったら、『やっぱり下心だ!』と過剰反応しそう。



 とにかく、ここまで来たからには食事を楽しもう!



「コースで予約したんだけど、良かったかな?」

 高井さんが言った。

「はい」

「麻衣ちゃんはシャンパンとワイン、どっちが好き?」

 さり気に『麻衣ちゃん』と呼ばれ、軽く鳥肌が立った。

「シャンパンで……」

 高井さんがウエイターにその旨を伝える。

 見た目、高井さんは四十歳になったばかりとは思えない。幼く見えるわけではないけれど、せいぜい三十代半ばくらいには若く見える。

 仕事上、高井さんが経営するカフェやレストランにも行ったが、高井さんを見ると店員が色めきだす。それは、オーナーに対する緊張感からではなく、ちょっとした有名人を見る羨望の眼差し。

 雑誌やテレビで取り上げられることもあるから、高井さんのお店はお客様にも大人気だし、求人広告なんてレジ横に小さく『スタッフ募集』と書くだけで、何十人もの応募があるらしい。

 それだけ人気があるのだから、言い寄ってくる女性は後を絶たず、私のような地味な行政書士をホテルディナーに誘うなんて、悪趣味としか言いようがない。

 誘われて喜べない私も相当なものだが。

「やっと誘いを受けてくれたね」と、高井さんが笑った。

「本当に嬉しいよ」

「すみません。いつも都合が合わなくて」と、私は心にもないことを言った。

「前回の依頼の時には仕事だけで終わってしまったから、次こそはと思っていたんだ」



 仕事だけで、って……。

 普通、仕事だけでしょう?



「もう気づいていると思うけど――」

 メインの子羊の何とかを食べながら、高井さんが言った。

「麻衣ちゃんのことが好きなんだよね、俺」

 危うく子羊を喉に詰まらせるところ。



 ちょ、直球……。



「麻衣ちゃんは恋人はいる?」

 過去に、この問いに答えて円満にお断りできた試しがない。

「高井さん。ご好意はありがたいんですけど――」

「もっと早くに知り合いたかったよ」

 私の言葉を遮り、高井さんは子羊を切り刻みながら話を続ける。

「こんなおじさんになる前に」

「おじさんだなんて――」

「麻衣ちゃんはこんな年上の男は嫌いかな?」

 この問いも、要注意。

 うっかり『そんなことありません』なんて答えようものなら、セーラー服に片腕を通したも同然だ。

「高井さんには、私なんかよりもっと大人の女性がお似合いですよ」

「そうかな? 俺は好きな子を思いっきり甘やかしてあげたいから、麻衣ちゃんくらい年下がいいんだけどなぁ」

「このお肉、すごく美味しいですね」と、私は失礼なほど露骨に話題を変えた。

「喜んでもらえてよかったよ」

「はい。ありがとうございます」

「モーニングも美味しいんだよ」

「……そう……なんですか」

「うん」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品