【コミカライズ】私の身体を濡らせたら

深冬 芽以

1.鶴亀コンビ-4


『ごめん! 大斗だいとがスマホ弄っちゃって!』

 電話に出るなり、さなえの少し高くて元気な声が聞こえた。

『仕事中だよね!? ごめんね?』

「いいよ。移動中だから、大丈夫」

 私は運転している鶴本くんを見た。彼はまっすぐ前を見ている。

 私は窓の外に向かって、身体をずらした。

『ホント、ごめんね? 最近、スマホで動画を見たがっちゃって』

「アニメとか、見れるもんね」

『そうなの。だから、スマホを置きっぱなしにしてると勝手に弄っちゃうんだよ』

「大斗くんて、二歳でしょ? もうスマホ触れるの?」

 私が大斗くんに最後に会ったのは、一年ほど前で、まだようやく歩けた頃だった。

『見よう見まねでね。困っちゃうよ』

 恐るべし、二歳児。

 私とさなえは同じ大学のサークル仲間。その名も『OLC』。O大学ルーズサークル。特に決まった何かをするでもなく、とにかくまったり何かを楽しもう、みたいなサークルと呼ぶにはおこがましい集まり。

 大学を卒業してからは疎遠になっていたが、五年前にサークル仲間の大和やまととさなえの結婚式で再会した。それから、仲間内でも特に気の合う七人で、時々集まっている。

 さなえは私の二歳年下で、二歳の男の子の母親。

『そうだ! OLCの飲み会が来週に変更になったって聞いた?』

「え? ううん」

りくさんの都合で、一週早まったって。さっき、大和に連絡来てたの。麻衣ちゃん、行ける?』

 陸はホテルの支配人をしていて、二年前に同じホテルでパティシエをしている奥さんと結婚した。子供が出来たからと式も上げずに慌ただしく結婚したのだけれど、籍を入れてひと月ほどで流産してしまった。

「うん。大丈夫」

『良かった! 楽しみにしてるね』

「私も。じゃ、ね」

 私はスマホをバッグに入れ、鶴本くんを見た。

「ごめんね、話の最中に」

「いえ」と、鶴本くんがチラッと横目で私を見た。

「友達、ですか?」

「うん。大学のサークル仲間」

「お子さんがいるんですか?」

「そう。私より年下なんだけど二歳の男の子がいるの」

「へぇ……」

 鶴本くんの気のない相槌に、子供に興味ないのかな、と思った。

「麻衣さんも、子供欲しいんですか?」

「え?」

 赤信号で停車し、鶴本くんの視線が私に移った。その表情は、なぜかとても真剣。

「結婚して、子供欲しいと思いますか?」

「そりゃ……、うん」

「相手はいるんですか?」

「探してるとこ」

 今度は、驚いた顔。



 そんなに変なこと、言った?



「……誰を?」

「結婚相手」

「婚活ってことですか?」

「そうね。あ、ほら、信号変ったよ!」

 鶴本くんは前を向いて、発進させた。

 先週、高井さんと打ち合わせをした後から、鶴本くんの様子が、少しおかしいと思う。ふざけたことを言わなくなった。

 私の服装を褒めることもなくなった。

 いや、別に褒められたいわけではない。ただ、今まで毎日のように何かしらの感想を聞かされていたから、なくなって少し拍子抜けしているだけ。



 真面目に仕事をしてくれるんだから、それでいいんだけど。



「麻衣さん」

 駐車場に車を停め、鶴本くんが私のシートベルトを掴んだ。

「今日、もし、高井さんに誘われたら、食事に行くんですか?」

「どうして、そんなこと――」

「答えてください」

 なぜか、鶴本くんは必死な表情。

「高井さんが本気で麻衣さんを誘ったら、OKするんですか?」

「どうしてそんなことを鶴本くんに答えなきゃいけないのよ」

「それは――」

「仕事中にくだらないこと考えてないの!」

 私は先輩風を吹かせて、少しきつい口調で言った。

 いつもは素直に受け入れる鶴本くんが、ムッとした表情を見せた。珍しい。

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