黒と白と階段
黒と白と階段 5
午後四時を前にして夕陽が校舎をオレンジ色に照らしていた。
夕闇に落ちる直前の燃えるような光が、校舎西階段四階で待ち受ける人物の影を作り出していた。
タイチは東階段から四階へと登り、廊下を渡って呼び出された場所へと辿り着いた。
あの階段──西階段を利用しようという気は当分起きないだろう。
タイチがそうするだろうと予めわかっていたかのように、待ち受ける安井は廊下に向かって立っていた。
制服から着替えそびれたタイチと、制服に着替え直した安井。
「やっと、来たか──」
「アツシを殺したっていうのは本当か!?」
面と向かう距離、安井が口を開くのとタイチが安井の胸ぐらを掴むのはほぼ同時のことだった。
お別れ会から数時間、同じ状態になることを安井は予想していて敢えて胸ぐらを掴まれることを警戒せず受け入れた。
「落ち着けよ、射場」
「答えろ! アツシを殺したっていうのは本当なのか!?」
掴むタイチの手に力が入る。
安井はゆっくりとその胸ぐらを掴むタイチの手を両手で掴んだ。
「俺がやったのは、お前の二番煎じだよ。情けないことにな」
「なんだよ、それ!」
「お前が。射場タイチ、お前が吹田マコトってあのライターを殺した」
掴むタイチの手の力が少し緩む。
「何、言ってんだよ、お前」
「今さら誤魔化すなよ。俺はあの日、文化祭のあの日、お前の後をついていってたんだぜ」
「何を、言ってんだよ・・・・・・」
掴むタイチの手の力が完全に抜けていく。
安井は落胆したようにタイチの手を振りほどいた。
「ああ、やっぱりバレてないと思ってたのか。雑なんだよ、お前。やることもその後処理も全部、雑なんだよ、お前は」
「俺は、その・・・・・・」
続ける言葉が思いつかずタイチは口をもごもごと動かした。
バレないという確信は無かったが、全てが事故として片付けられていくのを見て安堵していた自分がいた。
このまま日が過ぎていけば、有耶無耶にできる。
そう思い始めてしまっていた。
「あの日さ、午後からの劇の準備をしようって時に、お前は席を立ったろ? 音響係のメンツにはトイレとか言い訳してたっぽいけど、お前、表情が険しくなっているのを隠せてなかったぞ」
体育館の二階準備室。
音響設備があるその部屋に、音響係と脚本係は準備と最終打ち合わせを兼ねて揃っていた。
タイチが席を立って、上牧が、早く戻ってこいよ、と声をかけた。
タイチの表情に何かを感じ取ったのかクミが準備室を出ていく背中を目で追いかけていた。
それを見て安井は、俺もトイレ行っておこうかな、と立ち上がる。
上牧が、じゃあ連れションしよっかな、と冗談を言うので、やめろよ気持ち悪い、と安井は返して周りから少し笑いが起きる。
それが本番前の緊張感漂う準備室の空気を和ませ、タイチが席を立ったことも本当に単なるトイレなのだという誤魔化しになった。
最終打ち合わせの進行役をしていたクミが確認事項を再開して、安井も準備室から出ていった。
「妙な雰囲気──確かな言葉に出来ないけどそんなものをお前の表情と高塚の視線から感じてさ、俺はお前の後をついていった。そうしたらお前は体育館出てすぐのトイレを素通りして、三年四組の教室に入っていった」
文化祭当日、昼前。
校内の生徒たちも来客である保護者たちもスケジュールに合わせ、四階の一年生の展示を見に行くか、体育館の二年生の合唱を聴きに行くかしていて一階には人影は無かった。
タイチは後ろのドアの窓から覗き教室に誰もいないのを確認すると、教室へと入っていった。
安井も同じように後ろのドアの窓から覗きタイチの様子を窺っていた。
タイチは四組のある生徒の机に提げられた布製のトートバッグを手に取ると中を確認し、それをバッグこと持ち去り教室の前のドアから出ていった。
安井はタイチに見つからないように四組の教室から少し離れた場所で身を隠しながら引き続き様子を窺っていた。
「四組の教室からアイツらが隠して購入してた女装のセットを持ち出したお前は西階段へと歩いていった。保健室横のトイレに入ったお前は、出てきた時には女生徒の制服に着替えていて長髪のカツラを被っていたんだから笑いそうになったよ」
何をしてるんだ、アイツは。
安井はそう言って笑いそうになるのを我慢して、妙な行動をしているタイチの後を追いかけていくことに集中した。
タイチは安井と背格好が似ていて、あまり高くない背丈と太っても筋肉質でもない体つきは女装すると一瞬ぐらいは誤魔化せそうだと思えた。
遠目に見る分には女子と判断されそうだが、直接面と向かえばすぐバレそうな変装。
そんな変装をしてタイチは西階段を登っていった。
距離を保ちながら安井もそれについていく。
「お前についていって階段を登っていった。つけてるのがバレないように慎重にな。そうしたら、四階へと向かう踊り場で上から人が降《ふ》ってきた」
ショルダーバッグにカメラ。
一度夕暮れ過ぎの暗い道端で会ったぐらいの人物だが、それが吹田マコトだとすぐにわかった。
「吹田マコトは階段の踊り場に倒れるとすぐに動かなくなった。何が起きたのかと階段の上を見ると、射場、女装したお前が駆け上がっていくのが見えた」
「全部、見てたのか・・・・・・安井」
「ああ、そうだよ。俺はお前が吹田マコトを階段から落として殺したところを見てたんだよ、射場! だからな、俺は二番煎じなんだ。俺は高塚のために人を殺そうなんて踏ん切り、それを見るまで出来なかったんだからな!!」
蔑んだような目で安井はタイチを見ていた。
それでいて口角は僅かに上がっていて、歪んだ微笑みを浮かべている。
軽蔑と敬意、混ざり合う感情による歪んだ表情。
タイチにとっては恐ろしく奇妙な表情は、安井にとってはタイチに抱いた憧れを表したものであった。
夕闇に落ちる直前の燃えるような光が、校舎西階段四階で待ち受ける人物の影を作り出していた。
タイチは東階段から四階へと登り、廊下を渡って呼び出された場所へと辿り着いた。
あの階段──西階段を利用しようという気は当分起きないだろう。
タイチがそうするだろうと予めわかっていたかのように、待ち受ける安井は廊下に向かって立っていた。
制服から着替えそびれたタイチと、制服に着替え直した安井。
「やっと、来たか──」
「アツシを殺したっていうのは本当か!?」
面と向かう距離、安井が口を開くのとタイチが安井の胸ぐらを掴むのはほぼ同時のことだった。
お別れ会から数時間、同じ状態になることを安井は予想していて敢えて胸ぐらを掴まれることを警戒せず受け入れた。
「落ち着けよ、射場」
「答えろ! アツシを殺したっていうのは本当なのか!?」
掴むタイチの手に力が入る。
安井はゆっくりとその胸ぐらを掴むタイチの手を両手で掴んだ。
「俺がやったのは、お前の二番煎じだよ。情けないことにな」
「なんだよ、それ!」
「お前が。射場タイチ、お前が吹田マコトってあのライターを殺した」
掴むタイチの手の力が少し緩む。
「何、言ってんだよ、お前」
「今さら誤魔化すなよ。俺はあの日、文化祭のあの日、お前の後をついていってたんだぜ」
「何を、言ってんだよ・・・・・・」
掴むタイチの手の力が完全に抜けていく。
安井は落胆したようにタイチの手を振りほどいた。
「ああ、やっぱりバレてないと思ってたのか。雑なんだよ、お前。やることもその後処理も全部、雑なんだよ、お前は」
「俺は、その・・・・・・」
続ける言葉が思いつかずタイチは口をもごもごと動かした。
バレないという確信は無かったが、全てが事故として片付けられていくのを見て安堵していた自分がいた。
このまま日が過ぎていけば、有耶無耶にできる。
そう思い始めてしまっていた。
「あの日さ、午後からの劇の準備をしようって時に、お前は席を立ったろ? 音響係のメンツにはトイレとか言い訳してたっぽいけど、お前、表情が険しくなっているのを隠せてなかったぞ」
体育館の二階準備室。
音響設備があるその部屋に、音響係と脚本係は準備と最終打ち合わせを兼ねて揃っていた。
タイチが席を立って、上牧が、早く戻ってこいよ、と声をかけた。
タイチの表情に何かを感じ取ったのかクミが準備室を出ていく背中を目で追いかけていた。
それを見て安井は、俺もトイレ行っておこうかな、と立ち上がる。
上牧が、じゃあ連れションしよっかな、と冗談を言うので、やめろよ気持ち悪い、と安井は返して周りから少し笑いが起きる。
それが本番前の緊張感漂う準備室の空気を和ませ、タイチが席を立ったことも本当に単なるトイレなのだという誤魔化しになった。
最終打ち合わせの進行役をしていたクミが確認事項を再開して、安井も準備室から出ていった。
「妙な雰囲気──確かな言葉に出来ないけどそんなものをお前の表情と高塚の視線から感じてさ、俺はお前の後をついていった。そうしたらお前は体育館出てすぐのトイレを素通りして、三年四組の教室に入っていった」
文化祭当日、昼前。
校内の生徒たちも来客である保護者たちもスケジュールに合わせ、四階の一年生の展示を見に行くか、体育館の二年生の合唱を聴きに行くかしていて一階には人影は無かった。
タイチは後ろのドアの窓から覗き教室に誰もいないのを確認すると、教室へと入っていった。
安井も同じように後ろのドアの窓から覗きタイチの様子を窺っていた。
タイチは四組のある生徒の机に提げられた布製のトートバッグを手に取ると中を確認し、それをバッグこと持ち去り教室の前のドアから出ていった。
安井はタイチに見つからないように四組の教室から少し離れた場所で身を隠しながら引き続き様子を窺っていた。
「四組の教室からアイツらが隠して購入してた女装のセットを持ち出したお前は西階段へと歩いていった。保健室横のトイレに入ったお前は、出てきた時には女生徒の制服に着替えていて長髪のカツラを被っていたんだから笑いそうになったよ」
何をしてるんだ、アイツは。
安井はそう言って笑いそうになるのを我慢して、妙な行動をしているタイチの後を追いかけていくことに集中した。
タイチは安井と背格好が似ていて、あまり高くない背丈と太っても筋肉質でもない体つきは女装すると一瞬ぐらいは誤魔化せそうだと思えた。
遠目に見る分には女子と判断されそうだが、直接面と向かえばすぐバレそうな変装。
そんな変装をしてタイチは西階段を登っていった。
距離を保ちながら安井もそれについていく。
「お前についていって階段を登っていった。つけてるのがバレないように慎重にな。そうしたら、四階へと向かう踊り場で上から人が降《ふ》ってきた」
ショルダーバッグにカメラ。
一度夕暮れ過ぎの暗い道端で会ったぐらいの人物だが、それが吹田マコトだとすぐにわかった。
「吹田マコトは階段の踊り場に倒れるとすぐに動かなくなった。何が起きたのかと階段の上を見ると、射場、女装したお前が駆け上がっていくのが見えた」
「全部、見てたのか・・・・・・安井」
「ああ、そうだよ。俺はお前が吹田マコトを階段から落として殺したところを見てたんだよ、射場! だからな、俺は二番煎じなんだ。俺は高塚のために人を殺そうなんて踏ん切り、それを見るまで出来なかったんだからな!!」
蔑んだような目で安井はタイチを見ていた。
それでいて口角は僅かに上がっていて、歪んだ微笑みを浮かべている。
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