黒と白と階段
黒と白と階段 2
アツシの遺影を見つめ立ち尽くすタイチに、クミもアキも声をかけることも側に寄り添ってやることも出来ずにいた。
悲しみと怒りが混じる表情は、いつも見るタイチとは別人のようであった。
楽しく話せる同級生でもなく。
少し頼りない弟でもなく。
お別れ会の中で一人孤立したように立ち尽くすタイチに近寄る人物が、一人。
誰かに声をかけられるもその人物は振り向かずゆっくりとタイチに近づいてくる。
「射場、タイチ」
近寄る人物──安井タイチは、ゆっくりとそうタイチの名前を呼んだ。
タイチは安井を一瞥するが、すぐにアツシの遺影に視線を戻した。
「無視するなよ、話があるんだ」
「・・・・・・今は人と話したい気分じゃないんだ、後にしてくれ」
タイチは安井に目もくれず答える。
今はこの悪夢を、この光景を目に焼き付ける必要がある。
忘れないためにも。
戒めるためにも。
皆がアツシに別れを告げるその悪夢を、心の奥底に刻み付ける必要がある。
「富田アツシは、俺が殺した」
安井がその言葉を口にした瞬間、タイチは目をカッと開き安井を睨み付け胸ぐらを掴んだ。
喪服代わりに着ている制服のカッターシャツのボタンが弾け飛ぶ。
「お前っ!!──」
「射場、何やってんだ!?」
「射場君、どうしたの!?」
言葉の真偽を問いつめようとするタイチ。
異変にすぐに気づき呼び止める、上牧とクミ。
その声に周りの生徒や教師たちもタイチが安井の胸ぐらを掴んでる状況に気づき、どよめき、何人かの手がタイチの肩へと伸びる。
「話がある。夕方四時、学校の西階段に来い」
「何をっ!?──」
「射場、何してんだ、お前!」
タイチの身体が後ろに引っ張られ安井から剥がされる。
力強く肩を掴むのは、担任の総持だった。
タイチは遠ざかる安井を掴もうと足掻いた。
アツシを殺したなんて、本当だろうと冗談だろうと許せる言葉じゃない。
殴らないと。
殴らせてほしい。
それで少しでも気分が晴れるなら。
それで少しでもアツシが取り戻せるなら。
目の前のコイツを殴ることで救われるなら。
今すぐに殴らせてほしいと、タイチは懇願するように手を伸ばした。
安井は上牧や他の生徒に保護されるように身を呈して庇われていた。
人と人の壁の隙間からタイチをじっと見つめていた。
その目は嘲笑うように歪んで見えて、蔑んでいるように鋭く刺すようにも見えた。
「射場君っ!!」
ざわつく部屋の中でクミの声が響いた。
その声にタイチはピタッと動きを止めて、諦めるように手を下げた。
名前を呼ばれただけ、ただそれだけなのにクミの声はタイチの懇願を否定しているようだった。
そんなことをしても、アツシは戻ってこない。
そんなことをしても、許されることはない。
そんなことをしても、救われることはない。
クミは何も知らないはずなのに、彼女の声はタイチの心を見透かしてるようにタイチの苛立ちを制止する。
それは安井にとっても同様のようで、どこか失望したように安井はタイチから目をそらした。
「射場、ちょっとこっち来い」
肩を掴む総持にタイチは、はい、とだけ答えた。
返事から総持はタイチが少しばかり落ち着きを取り戻したと判断し、肩を掴む手の力を緩めた。
タイチを公民館の外へと連れ出そうと軽く引っ張る。
タイチは素直に従って、それに抵抗することなく身を委ねるようについていった。
温和で無邪気な弟。
姉弟喧嘩などしたこともない、暴力的なところなど見たこともなかった弟の激昂にアキは肩を震わし動揺していた。
親友の死に、弟がどれほど心を痛めているのかアキには計り知れなかった。
姉として何て声をかければいいのかと、総持に連れ出されるタイチの姿を無言で見ているしかできなかった。
手を引っ張られて歩くタイチの表情は弟とは別人のようで、アキは怖くなって涙が出そうになった。
「大丈夫」
アキに寄り添うように隣に立っているクミがそっと呟いた。
それはアキに言うように優しく、自分自身に言うように確かめるための呟き。
「大丈夫」
それは願うように繰り返されて。
「大丈夫」
それは懇願するようにはっきりと言葉にした。
大丈夫、とクミが呟きアキに言い聞かせるのを安井はじっと見つめていた。
上牧や他の生徒に、大丈夫か?、と心配されるのを無視してクミのことだけをじっと見つめていた。
大丈夫、とクミが呟く度にクミの存在が遠いものであると実感する。
大丈夫、とクミが嘆く度に自分達の行いが彼女を苦しめるだろうと実感する。
大丈夫、とクミが願う度に全ての行いは彼女を護るためにあると実感する。
そして、覚悟する。
ここに辿り着くまでに──富田アツシのお別れ会に、富田アツシの殺人に、辿り着くまでに何度としてきた覚悟を、再び深呼吸と共に心の奥でする。
大丈夫、とクミの呟きが耳にこびりついた。
「なぁ、タイチ、大丈夫か?」
応答しない安井に何度も呼び掛ける上牧。
安井はようやく、ゆっくりと頷き応えた。
大丈夫、大丈夫、大丈夫──。
大丈夫、覚悟は出来てる。
悲しみと怒りが混じる表情は、いつも見るタイチとは別人のようであった。
楽しく話せる同級生でもなく。
少し頼りない弟でもなく。
お別れ会の中で一人孤立したように立ち尽くすタイチに近寄る人物が、一人。
誰かに声をかけられるもその人物は振り向かずゆっくりとタイチに近づいてくる。
「射場、タイチ」
近寄る人物──安井タイチは、ゆっくりとそうタイチの名前を呼んだ。
タイチは安井を一瞥するが、すぐにアツシの遺影に視線を戻した。
「無視するなよ、話があるんだ」
「・・・・・・今は人と話したい気分じゃないんだ、後にしてくれ」
タイチは安井に目もくれず答える。
今はこの悪夢を、この光景を目に焼き付ける必要がある。
忘れないためにも。
戒めるためにも。
皆がアツシに別れを告げるその悪夢を、心の奥底に刻み付ける必要がある。
「富田アツシは、俺が殺した」
安井がその言葉を口にした瞬間、タイチは目をカッと開き安井を睨み付け胸ぐらを掴んだ。
喪服代わりに着ている制服のカッターシャツのボタンが弾け飛ぶ。
「お前っ!!──」
「射場、何やってんだ!?」
「射場君、どうしたの!?」
言葉の真偽を問いつめようとするタイチ。
異変にすぐに気づき呼び止める、上牧とクミ。
その声に周りの生徒や教師たちもタイチが安井の胸ぐらを掴んでる状況に気づき、どよめき、何人かの手がタイチの肩へと伸びる。
「話がある。夕方四時、学校の西階段に来い」
「何をっ!?──」
「射場、何してんだ、お前!」
タイチの身体が後ろに引っ張られ安井から剥がされる。
力強く肩を掴むのは、担任の総持だった。
タイチは遠ざかる安井を掴もうと足掻いた。
アツシを殺したなんて、本当だろうと冗談だろうと許せる言葉じゃない。
殴らないと。
殴らせてほしい。
それで少しでも気分が晴れるなら。
それで少しでもアツシが取り戻せるなら。
目の前のコイツを殴ることで救われるなら。
今すぐに殴らせてほしいと、タイチは懇願するように手を伸ばした。
安井は上牧や他の生徒に保護されるように身を呈して庇われていた。
人と人の壁の隙間からタイチをじっと見つめていた。
その目は嘲笑うように歪んで見えて、蔑んでいるように鋭く刺すようにも見えた。
「射場君っ!!」
ざわつく部屋の中でクミの声が響いた。
その声にタイチはピタッと動きを止めて、諦めるように手を下げた。
名前を呼ばれただけ、ただそれだけなのにクミの声はタイチの懇願を否定しているようだった。
そんなことをしても、アツシは戻ってこない。
そんなことをしても、許されることはない。
そんなことをしても、救われることはない。
クミは何も知らないはずなのに、彼女の声はタイチの心を見透かしてるようにタイチの苛立ちを制止する。
それは安井にとっても同様のようで、どこか失望したように安井はタイチから目をそらした。
「射場、ちょっとこっち来い」
肩を掴む総持にタイチは、はい、とだけ答えた。
返事から総持はタイチが少しばかり落ち着きを取り戻したと判断し、肩を掴む手の力を緩めた。
タイチを公民館の外へと連れ出そうと軽く引っ張る。
タイチは素直に従って、それに抵抗することなく身を委ねるようについていった。
温和で無邪気な弟。
姉弟喧嘩などしたこともない、暴力的なところなど見たこともなかった弟の激昂にアキは肩を震わし動揺していた。
親友の死に、弟がどれほど心を痛めているのかアキには計り知れなかった。
姉として何て声をかければいいのかと、総持に連れ出されるタイチの姿を無言で見ているしかできなかった。
手を引っ張られて歩くタイチの表情は弟とは別人のようで、アキは怖くなって涙が出そうになった。
「大丈夫」
アキに寄り添うように隣に立っているクミがそっと呟いた。
それはアキに言うように優しく、自分自身に言うように確かめるための呟き。
「大丈夫」
それは願うように繰り返されて。
「大丈夫」
それは懇願するようにはっきりと言葉にした。
大丈夫、とクミが呟きアキに言い聞かせるのを安井はじっと見つめていた。
上牧や他の生徒に、大丈夫か?、と心配されるのを無視してクミのことだけをじっと見つめていた。
大丈夫、とクミが呟く度にクミの存在が遠いものであると実感する。
大丈夫、とクミが嘆く度に自分達の行いが彼女を苦しめるだろうと実感する。
大丈夫、とクミが願う度に全ての行いは彼女を護るためにあると実感する。
そして、覚悟する。
ここに辿り着くまでに──富田アツシのお別れ会に、富田アツシの殺人に、辿り着くまでに何度としてきた覚悟を、再び深呼吸と共に心の奥でする。
大丈夫、とクミの呟きが耳にこびりついた。
「なぁ、タイチ、大丈夫か?」
応答しない安井に何度も呼び掛ける上牧。
安井はようやく、ゆっくりと頷き応えた。
大丈夫、大丈夫、大丈夫──。
大丈夫、覚悟は出来てる。
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