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黒と白と階段

清泪(せいな)

今と過去と決断 11

「射場、タイチ君、だったよね?」

 不意にかけられた声にタイチは振り向くのを躊躇った。
 一度だけかつ暫く会っていなかったがその声は忘れたくても忘れられない声だ。
 しかし、声のする方向がタイチの帰り道なので振り返らざるを得なかった。
 別の道から遠回りして帰ってもよかったが、声の主がそんな態度を取るタイチを追いかけない保証は無いし、何故そこまで面倒をしなければならないのか、とタイチは思った。
 息を吐いてなるべく冷静であろうと努めて、タイチは振り返る。

 吹田マコト。
 フリーライターを名乗る男性は相変わらずだらしない背広姿で髪はかきむしられたようにボサボサに乱れていて、シャツもシワを味にするかのようによれよれ。
 顎のラインにそり残しと無精髭が目立つ。
 頬は痩けていて目の下の隈が酷く、大きめのサイズなのかだらしなく着崩れた背広からも想像できる様に身体の線は病的に細い。
 肌は不健康な白さで、手の甲には血管の青筋が浮かび上がっている。
 左肩に重そうにショルダーバッグをぶら下げていて、右肩にはカメラがぶら下がっていた。

 以前より一層怪しい見た目にタイチは驚きを隠せなかった。
 より一層警戒心が増していく。
 病的なライターなど何をしでかすかわからない。

「名前、以前お会いした時には名乗らなかったはずですが?」

 警戒心を抱いているとわからせるように、タイチは言葉と話し方を選んで口にする。
 馴れ馴れしくされたくはない相手だ。

「知ってるかな、卒業アルバムってオークションサイトとかにたまに出てるんだよ。個人情報保護とかで運営にもちろん出品停止されたりするんたけどさ、結構な値段がついててそこそこ買い手も現れるんだ。俺は、何でそんなもん買う必要があるんだ?、なんて疑問に思ってたんだけど、俺みたいなヤツが買うのかもな、やっぱり」

 吹田がショルダーバッグから分厚いアルバムを引っ張り部分的にタイチに見せた。
 日も暮れて暗い中、街灯に照らされたその背表紙は見覚えのあるものだった。
 卒業してから見返すこともなかったアルバム。
 それでも自分の学校のものだとタイチにはわかった。

「あ、でも、俺が買ったのはオークションサイトからじゃないんだよ。君の、多分、同級生の子から事情を説明して買い取ったんだよ。オークションサイトより安く済んで助かった。向こうも小遣い稼げて嬉しかったんじゃないかな? 君たちの年齢じゃ、まだバイトもロクに出来ないもんね」

 知ってる誰かが卒業アルバムを──クミの事を売ったのかとタイチは眉をひそめた。
 吹田には何の情報も与えたくはないが、その行為に対しての憎悪に似た嫌悪は抑えきれなかった。

「俺なんかは君たちの年齢の頃から新聞配達のアルバイトをしてたんだけどね。家が結構貧しくてね。あー、団地住まいの君ならなんとなくわかってくれるんじゃないかな、家の手伝いとかしてるだろ?」

 早朝だから眠いもんさ、と吹田はおどける。
 そのやつれた表情から新聞配達などと体力仕事をしていたなんて似つかわしくないなとタイチは思った。
 一週間も働いたら給料が出る前に倒れそうだ。

「はは、結構大変だったんだけどさ毎朝新聞を取り扱うってのはなかなか新鮮でね。配達時間の早朝なんて人の目も無いからさ、実はこっそりその新聞を読んでたもんさ。バイトはしてたけど、家が購読契約してなかったからね、そもそも新聞自体が俺には珍しかったんだよ」

 バレたら怒られる話だけどね、と吹田は続ける。

「そこで俺は新聞記者──ジャーナリストってもんを知るんだよ。新聞ってよく読むと面白い記事が結構あるんだけど、射場君は新聞を読む方かい?」

 射場君、と呼ばれるのは馴れているが先程までクミにそう呼ばれていたのが重なって、吹田に呼ばれるだけでタイチは嫌な気分になった。

「僕は読みません。あの、用がないなら帰ってもいいですか? もう遅い時間ですし」
「夕方六時で遅い時間って、もう来年高校生なんだろ? まだ遊べる時間じゃないのかい? 最近の教育はそこまで厳しいものなのかい?」
「・・・・・・ジャーナリストとかいうのなら、そういうのを調べたらいいんじゃないですか? 学校の下校時間が決められたのとか事件性のある社会問題とか関わってくるんじゃないですか?」

 互いに質問をぶつけ合う。
 片方は仕事柄と素朴な疑問として、片方は嫌悪感から来る拒絶として。

「はー、厳しい言い方するね。嫌われてるのかな、俺。他の生徒は怪しんだりはしたけれどそこまで嫌悪感を剥き出しにしたりしなかったよ。射場君、君・・・・・・高塚クミさんと仲が良かったりするのかな? それこそ距離が近いぐらいの仲だったり?」

 吹田には何の情報も与えたくはなかった。
 だから、タイチはその質問に首を縦には振れなかった。
 けれど、首を横に振ることも躊躇われた。
 やっと距離を縮めれたのだ。
 仲良く、とまで言える自信は無いがやっとクミと一緒に下校できる距離まで縮めれたのだ。
 それを否定するようなことはタイチには出来なかった。

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