黒と白と階段
今と過去と決断 8
それからも、タイチとクミは幾つかの話題を交わした。
高校受験などの未来の話から、勉強についての今の話、遊びについての過去の話。
これまでの中学校生活の話から、小学校時代の話。
今までクミと話したいと願っていたタイチはその思いをここぞとばかりに消化していた。
クミも感情豊かにタイチと会話を続けていた。
時には嬉しそうに、時には怒って、時には悲しそうに、時には笑って。
タイチの中にある半透明の彼女は、喜怒哀楽代わる代わる表情や態度を変化していく。
対してタイチは、嬉しい、ただそれだけだった。
クミのどんな反応もタイチにとっては新鮮で見たかった姿だったから。
タイチはクミの反応に合わせて違和感ないように態度も合わせたけれど、その実嬉しいという感情に支配されて話に対しては頭に入ってなかった。
キーンコーンカーンコーン。
下校時刻である六時を告げるチャイムが鳴る。
「え、あ、もうこんな時間じゃない!」
クミが驚いた顔で教室の時計を見る。
窓の外はすっかり暗くなっていて、教室に疎らに居た生徒たちもいつの間にか帰宅していた。
タイチは一つ前のチャイムが鳴った時点で時間については気づいていたが、クミはどうやら話に夢中だったようで気づいてなかったらしい。
家に帰れば洗濯担当としての仕事が待っていることが頭に過ったが、文化祭の準備だと言えば姉のアキは遅くなったことを許してくれるだろう。
それよりもクミも家の手伝いがあるのだから、一つ前のチャイム──以前の下校時刻である五時を告げるチャイムが鳴ったときに教えてあげるべきだったが、タイチは笑顔で話続けるクミにそれを言えなかった。
話を遮るのを戸惑ったわけではなくて、話がつづく嬉しさ故の我が儘だった。
「ホントだ、外もすっかり真っ暗になってる」
自分も今のチャイムで気づいたんだ、とタイチは嘘をつくことにした。
許されるならもっと話していたいぐらいだが、それは誰も許してはくれないだろう。
「早く帰らなきゃ!」
「そうだな、帰らなきゃ」
クミが机の横に掛けてある鞄を持って立ち上がる。
タイチもそれに合わせて立ち上がる。
タイチの鞄は二組に置いたままだった。
「んー、なんかさ、射場君、私ほど焦ってなくない?」
立ち上がったまま動こうとしないタイチにクミが指摘する。
タイチは思わず、ギクッ、と口に出してしまいそうだった。
そんな冗談みたいな言葉が口から出そうになったことに驚いたが、嘘が簡単に見破られそうになると咄嗟に思いつくのは反論などではなくよく見るデフォルメなのだとタイチは思った。
「そ、そんなことないよ。暗くなっちゃったし、高塚を見送ってから鞄取りに行こうと思って・・・・・・」
「何それ、鞄取りにいって一緒に帰れば良くない? 方向一緒なんだし」
「あ、それもそうだな」
一度経験したとはいえ女子と下校を共にするということがタイチの頭に無かった。
無かった、というより考えることを避けていたと言った方が正しいか。
調子に乗らない方がいい、とタイチの中の何かがブレーキをかけていてあれ以来クミと下校を共にしなかった。
何度かあった音響係の打ち合わせのあとも、何かと理由をつけて帰るタイミングをずらしていたのだ。
クミからも直接言われることはなかったので、タイチも自分から言うことを諦めていた。
「ほら、早く、鞄取ってくる!」
「あ、ああ、ごめん。すぐ取ってくるから待ってて」
「待ってるから、早く!」
クミに急かされてタイチは慌てて二組の教室に戻った。
本当に慌てた様子というものを見せてしまったことを、失敗したとタイチは思った。
先ほどの演技が馬鹿みたいだったな、と今日何度目かの反省をする。
何故こうも一日に同じ反省ばかりしてしまうのだろうか、とタイチは自嘲して二組の後口のドアに手をかけた。
ガタッ、と音を鳴らすもののドアは横に開くことなく閉まったままだった。
鍵がかかってるのか、と前口の方に歩いていくと中から担任の総持が出てきた。
「あ、射場、やっぱりまだ残ってたか。机に鞄が置きっぱなしだったからもしやと思ってたんだ」
「総持先生、もう鍵閉めですか?」
「下校時間の見回りだよ。文化祭の準備に時間過ぎても残るヤツが多くてな。普段学校嫌いなクセにこういうときは残りたがるんだよなー。俺の時もそうだったけど、そういうのは変わらんもんだな、まったく」
総持は顎の髭を掻きながら開けたドアを親指で差して、ほら早く取ってこい、と仰いだ。
タイチは無言で頷いて暗くなった教室に入ると、総持が教室の電灯のスイッチを押してくれて教室内は明るくなった。
「熱心にやるのはいいが、下校時間は守るようにな。六時に帰れってんだから、五時五十分ぐらいには帰り支度するのが将来の社会的にも重要だぞ。と言っても、そんなキッチリ帰らせてくれる会社なんてなんて滅多に無いけどな」
相反することを言う総持に、ギリギリまでやるのか時間を厳守するのかどっちが正解なんだとタイチは疑問を浮かべたが、総持なら、どっちもだ、と答えそうだなと思いわざわざ口に出すのをやめた。
高校受験などの未来の話から、勉強についての今の話、遊びについての過去の話。
これまでの中学校生活の話から、小学校時代の話。
今までクミと話したいと願っていたタイチはその思いをここぞとばかりに消化していた。
クミも感情豊かにタイチと会話を続けていた。
時には嬉しそうに、時には怒って、時には悲しそうに、時には笑って。
タイチの中にある半透明の彼女は、喜怒哀楽代わる代わる表情や態度を変化していく。
対してタイチは、嬉しい、ただそれだけだった。
クミのどんな反応もタイチにとっては新鮮で見たかった姿だったから。
タイチはクミの反応に合わせて違和感ないように態度も合わせたけれど、その実嬉しいという感情に支配されて話に対しては頭に入ってなかった。
キーンコーンカーンコーン。
下校時刻である六時を告げるチャイムが鳴る。
「え、あ、もうこんな時間じゃない!」
クミが驚いた顔で教室の時計を見る。
窓の外はすっかり暗くなっていて、教室に疎らに居た生徒たちもいつの間にか帰宅していた。
タイチは一つ前のチャイムが鳴った時点で時間については気づいていたが、クミはどうやら話に夢中だったようで気づいてなかったらしい。
家に帰れば洗濯担当としての仕事が待っていることが頭に過ったが、文化祭の準備だと言えば姉のアキは遅くなったことを許してくれるだろう。
それよりもクミも家の手伝いがあるのだから、一つ前のチャイム──以前の下校時刻である五時を告げるチャイムが鳴ったときに教えてあげるべきだったが、タイチは笑顔で話続けるクミにそれを言えなかった。
話を遮るのを戸惑ったわけではなくて、話がつづく嬉しさ故の我が儘だった。
「ホントだ、外もすっかり真っ暗になってる」
自分も今のチャイムで気づいたんだ、とタイチは嘘をつくことにした。
許されるならもっと話していたいぐらいだが、それは誰も許してはくれないだろう。
「早く帰らなきゃ!」
「そうだな、帰らなきゃ」
クミが机の横に掛けてある鞄を持って立ち上がる。
タイチもそれに合わせて立ち上がる。
タイチの鞄は二組に置いたままだった。
「んー、なんかさ、射場君、私ほど焦ってなくない?」
立ち上がったまま動こうとしないタイチにクミが指摘する。
タイチは思わず、ギクッ、と口に出してしまいそうだった。
そんな冗談みたいな言葉が口から出そうになったことに驚いたが、嘘が簡単に見破られそうになると咄嗟に思いつくのは反論などではなくよく見るデフォルメなのだとタイチは思った。
「そ、そんなことないよ。暗くなっちゃったし、高塚を見送ってから鞄取りに行こうと思って・・・・・・」
「何それ、鞄取りにいって一緒に帰れば良くない? 方向一緒なんだし」
「あ、それもそうだな」
一度経験したとはいえ女子と下校を共にするということがタイチの頭に無かった。
無かった、というより考えることを避けていたと言った方が正しいか。
調子に乗らない方がいい、とタイチの中の何かがブレーキをかけていてあれ以来クミと下校を共にしなかった。
何度かあった音響係の打ち合わせのあとも、何かと理由をつけて帰るタイミングをずらしていたのだ。
クミからも直接言われることはなかったので、タイチも自分から言うことを諦めていた。
「ほら、早く、鞄取ってくる!」
「あ、ああ、ごめん。すぐ取ってくるから待ってて」
「待ってるから、早く!」
クミに急かされてタイチは慌てて二組の教室に戻った。
本当に慌てた様子というものを見せてしまったことを、失敗したとタイチは思った。
先ほどの演技が馬鹿みたいだったな、と今日何度目かの反省をする。
何故こうも一日に同じ反省ばかりしてしまうのだろうか、とタイチは自嘲して二組の後口のドアに手をかけた。
ガタッ、と音を鳴らすもののドアは横に開くことなく閉まったままだった。
鍵がかかってるのか、と前口の方に歩いていくと中から担任の総持が出てきた。
「あ、射場、やっぱりまだ残ってたか。机に鞄が置きっぱなしだったからもしやと思ってたんだ」
「総持先生、もう鍵閉めですか?」
「下校時間の見回りだよ。文化祭の準備に時間過ぎても残るヤツが多くてな。普段学校嫌いなクセにこういうときは残りたがるんだよなー。俺の時もそうだったけど、そういうのは変わらんもんだな、まったく」
総持は顎の髭を掻きながら開けたドアを親指で差して、ほら早く取ってこい、と仰いだ。
タイチは無言で頷いて暗くなった教室に入ると、総持が教室の電灯のスイッチを押してくれて教室内は明るくなった。
「熱心にやるのはいいが、下校時間は守るようにな。六時に帰れってんだから、五時五十分ぐらいには帰り支度するのが将来の社会的にも重要だぞ。と言っても、そんなキッチリ帰らせてくれる会社なんてなんて滅多に無いけどな」
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