神様になったTS妖狐はのんびり生活したい~もふもふ妖狐になった新人神様は美少女となって便利な生活のため異世界と日本を往復する~

じゃくまる

第二話 なめるな危険

 光に包まれたボクたちがたどり着いたのは、長閑そうな農村近くの森にある祠の前だった。
 日本に戻る条件として簡単なお遣いをすることになったわけだけど、王都ってどこ?
 あと、ここはどのあたりなんだろう?
 わからないことだらけだ。
 
「遥、この世界には魔物という存在がいる。注意しなければあっという間に殺されて神界に逆戻りだよ」
「ひっ!? ま、魔物……?」
 ファンタジー小説やゲームなどではよく出てくるので知っているけど、現実に遭遇するとなったら絶対怖い。
 戦ったこともないボクが果たしてそんな存在と戦えるのだろうか……。
 
「まずは戦闘訓練からだね。初心者に剣は難しいと思うからこの棍棒を使うといい」
 そう言って渡されたのは、釘が刺さったバットのようなもの。
 通常のバットよりも少し短いのでおそらく振り回しやすいだろう。
 
「その体ではまだ激しい運動はできないはずだよ。レベルアップを視野に入れて少しずつ鍛錬しようか」
 というわけで早速地道な訓練が始まった。
 
「見ろ、あそこにいるのは下級ゴブリンだ。棍棒くらいしかもっていないから弱いよ」
 イーサさんの指し示す方向には薄緑色の小鬼みたいな存在がいた。
 手には棍棒を持ち、汚らしい腰ミノを付けている。
 これ、ゲームとかだと女の子襲ったりするやつだよね?
 この世界怖いなぁ。
 
「遥、やつら魔物のゴブリンは種族としてのゴブリンと違って相当頭が悪い。女を見れば欲望を満たすために襲ってくるよ」
 何やらイーサさんが難しいことを言っている。
 でもそうだよね。
 女の子だったら問題だけど、ボクは男だから特に問題はないはず。
 とりあえず男の場合はどうなるのか聞いておこう。
 
「男の場合はどうなるんですか?」
「まぁ倒されれば殺されるね」
 直球だった。
 さすがにデッドエンドは避けたい。
 
 そんなことを考えていると、ゴブリンがこちらに気づいたらしく、棍棒を振りかざし小走りでこちらに向かってきた。
 こわっ!?
 
「でもこの凶悪なバットがあれば大丈夫! いきますよ~」
「いいかい? 決して調子に乗るんじゃないぞ? 万が一の時は助けてあげるから」
「は~い」
 こちらに向かって走ってくるゴブリンとの距離はまだある。
 今のうちに頭の中で撲殺するイメージをして。
 
「来たよ」
「覚悟ー!!」
 ボクの声と共にゴブリンがボクにとびかかる。
 ボクのバットはブゥンという風切り音を響かせて振られた。
 
 バットは見事に外れ、思い切り振りきった反動で体制が崩れることになった。
「あれ?」
 これは予想外だ。
 体が小さくなったので前世と同じようなリーチで考えてしまったのがいけなかったのだろう。
 
 そして最悪なことに、待ってましたと言わんばかりにゴブリンが飛び掛かってボクの体に取り付いた。
 あ、これはまずい。
 調子に乗った者の末路はいつでも哀れだ。
 
「ギャーギャー! ゲヒャゲヒャ」
「ひ、ひぃぃ。なにこれ気持ち悪いい」
 ゴブリンはボクの顔をべろべろ舐め、ワンピースを首元から無理やり引きちぎりはじめた。
 
「ひぁっ!?」
 露になった胸元を長いでこぼこした舌がべろべろと舐めまくり、そのままおなか、そして股へと向かって降りていく。
 
「ひぃぃ!? き、気持ち悪いぃぃぃぃ!! て、ていうかボクは男だぞ!? あああああ、今女の子だったあああああ!! ていうことは、これもしかして……」
 そうだ、忘れてた。
 今のボクは女の子だったんだ……。
 やばいやばいやばいやばい。
 まずいまずいまずいまずい。
 
「ゲヒャヒャ」
 気持ちの悪い笑い声をあげながら、ゴブリンはボクの下着を無理やり引きちぎった。
 あ、これは……。
 
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。調子に乗りましたああああ!! ごめんなさいごめんなさいいいいい!! いやだいやだいやだいやだああああ!! た、たしゅけ……」
 必死だった。
 とにかく振りほどこうと頑張った。
 でもどうしてか振りほどけなかった。
 ただただ気持ち悪くて怖くて絶望して泣き叫んでいた。
 涙なんだか鼻水なんだか涎なんだかもう何もわからなかった。
 
 もう終わりだ。
 そう思った瞬間、ボクの太ももの間にいたゴブリンは真っ二つになった。
 緑色の血でボクを汚して……。
 
「だから言っただろう。調子に乗った罰だね。どんな低級の魔物とはいえ、油断をすればこうなる。わかったなら反省することだよ」
 ボクを叱るイーサさんの目は本気だ。
 こんなの楽勝だなんて、ゲーム感覚でやろうとしたのが間違いだったのだ。
 
「ご、ごべんなひゃい……。調子に乗って、ごべんなひゃい……」
 ボクが泣いて謝るとイーサさんはボクを抱き起こし、頭を数度撫でてからこう言った。
 
「いいかい? これは遊びじゃない。強くなれば遊びになるかもしれないけど、遥はまだ弱い。人型の魔物だろうとスライムみたいな魔物だろうと舐めてはいけない。そして確実に殺すこと。私がいないときに今のようになればあとはどうなるかわかるよね?」
 厳しくも優しいイーサさんの言葉に、ボクはひたすら頷くことしかできなかった。
 
 もうやだ、帰りたい……。
 
「さて、服がだめになったね。直してあげよう」
 ひとしきりボクが泣いた後、イーサさんはボクの姿を見ながらそう言った。
 服を直すなんてどうやるのかと思ったら、手をかざしてすっと動かすだけですべてが元に戻っていく。
 神様しゅごい……。
 
「よし、じゃあ次のゴブリンを探しに行くよ」
「えっ……」
 仕切り直しとばかりにイーサさんがそう宣言する。
 それを聞いたボクは、足がガクガクと震えだした。
 ゴ、ゴブリン……。
 
「どうした? まさかトラウマになったわけじゃないだろうね?」
「うぐっ……。ひっく……」
 なぜか怖くなって涙が自然と出てきた。
 どうやらボクはゴブリンにトラウマを植え付けられてしまったようだ。
 ごしごし袖で目元を拭くけど、涙は止まることがなかった。
 これは時間がかかるかもしれない。
 
「ふむ。よし。それならゴブリン以外にしよう。まぁ、できなくても構わない。時間はあるしね。いけるかい?」
「……う、うん」
 辛うじてそう返事をすると、ボクはイーサさんの袖をぎゅっと掴んだ。
 しばらくはこうしてよう。
 迷惑だったらごめんなさい。
 
 それからボクたちはスライムを見つけてはひたすら倒し続けた。
 釘バットの扱い方、身体の使い方を学んだ。
 スライムは甘く見てると顔に張り付いて窒息させてくること、しっかり倒さないと体内に入ってくることを学んだ。
 スライム自体は、釘バットでしっかり叩き潰すとコアも破壊されて安全に倒せた。
 学んでよかった。
 本当に良かった……。
 
「いくつか魔石も手に入ったね。これ自体は安いが色々なものに使えるから、使ってよし売ってよしのアイテムだよ。どうだい? スライム以外はいけそうかい? 人型の魔物とか。そうか、まだだめか。まぁ大丈夫さ」
 イーサさんには申し訳ないけど、しばらくはゴブリン系はだめそうだ。
 
「よし。とりあえずアルテ村で宿を取ろう。それからおいしいものを食べよう。なぁに、金はある」
 終始無言なボクを心配したのかわからないけど、イーサさんは優しかった。
 気遣うように色々と話しかけてくれたのだ。
 
 うん、明日から用心してがんばろう。

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