バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

01 拗らせすぎた果てに

拓実たくみ、どうした? ボケーッとして」

「え? ……いや、別にいつものことだろ」

「ふふん。自分で言うか、それ?」

 鼻で笑うクラスメイトの光旗こうはた恩《めぐみ》は、僕の視線の先をチラと見やってから視線を戻すと、何かを読み取ろうとでもするように僕の目を覗き込む。

 いけないいけない。
 気を抜くとうっかり目で追ってしまってるんだよなぁ。
 クラス一の……いや僕の知る限りおそらく校内一の美人。羽深はふかららさん。

 平々凡々を絵に描いたような僕なんかにゃ話しかけることすら躊躇われる……それどころか見惚れているのがバレでもした日にはクラス全員からの非難の目の集中砲火を浴びせられて、卒業までの高校生活において僕の存在なんて抹殺されかねない。

 僕と羽深さんとではそれくらいクラス内でのスクールカーストに開きがある。
 だからうっかり彼女のことを目で追ってしまうようなことがないようにと気を張っているつもりなのに、時々油断するといつのまにか彼女の一挙手一投足に見惚れてるんだ。怖い怖い。

「それよっか拓実、なんか青柳あおやぎ高校のバンドから、レコーディングで演ってくれないかって依頼来てるけど、受ける気ある?」

「へぇ〜。どんなバンドなの?」

 光旗恩、通称メグ(男)が持ちかけてきた話は、隣町の高校のバンドがおそらく自分たちのオリジナル曲をレコーディングするのに、ドラマーとして参加してくれないかというお誘いだ。

 そう。ザ・平凡な僕だけど、音楽だけはかけがえのない趣味でドラムを叩いたりなんかしてる。
 ただ、パーマネントなメンバーとして所属しているバンドはなくて、今回の話のように助っ人としてちょくちょく呼ばれては叩くという感じだ。

「うーん、打ち込みとギターと男女のダブルボーカルのバンドだね。普段はベースとドラムは打ち込みでやってるらしい。デモを預かってるから聴いてみれば?」

そう言ってメグがAirDropでデモ音源を共有してきた。

「ふぅん。メグは? 弾くの?」

「ああ。引き受けてもいいかなと思ってる」

 話を持ってきたメグはベース弾きで、僕と同じく特定のバンドには所属しておらず助っ人でベースを弾いている。

 ドラムとベースって割合的にそもそもやる人間が少ないみたいで、その上ドラムなんて楽器が場所を取るし、爆音ということもあって所有する人間となるとさらに少なくなる。

 そんなわけで我々の元には結構演奏の依頼が舞い込むのだ。今回のような録音もあればライブの助っ人演奏依頼もある。
 ミュージシャン仲間のうちではそういう助っ人のことをエキストラの略でトラと言ったりする。

 まあお互いアマチュアだし、大抵の場合商業作品ではないのでタダ働きの時もあるんだけど腕磨きにはちょうどいい。それに大人のバンドを手伝ったりする場合には謝礼金が出るのでそれはそれでおいしかったりする。

「そっか。メグが弾くなら引き受けようかな」

 ドラムとベースっていうのはバンドを支える屋台骨みたいなもんで、この二つのパートの息が合っていることは音楽的には極めて重要なことなんだ。
 それでベーシストとのグルーブの相性っていうのがとっても大切になってくるんだが、メグとなら今まで何度となく一緒にやってきてるし、フィーリングもバッチリ合うってわけだ。

「んー。じゃあ了承の返事しておくよ。日取りはまた改めてってことで」

「了解」

 僕の返事を確認するとメグはサッサと教室から出て行ってしまった。
 僕は昼食のパンを食べ終えて缶コーヒーの飲み柄でも捨てに行こうかと立ち上がる。
 図らずもその時偶然視線を上げた先にあった羽深さんと目が合ってしまう。咄嗟に僕は目をそらす。
……べきだったのだが、それができずに一瞬固まってしまった。

 理由は彼女が僕と目があった瞬間微笑んでくれた……気がしたから。
 気がしたというのは、今となってはあれは僕の拗らせ過ぎた願望が見せた幻影だったのじゃないかと、そんな風に思えて自信がなくなってきたから。

 もしあれが現実だったとしたら、僕のような低階層の住人に対する彼女の慈悲の心がそうさせたのか。
 とにかく冷静になってよく考えればあり得ない出来事に思えてくる。

「何? また卑屈な妄想を拗らせていそうな顔して」

 教室を出て空き缶入れのある場所で立ち尽くしている僕にいささか無遠慮な言葉をかけてよこしたのは、以前バンドを手伝ったことのある一つ上の三年生、青木かなでちゃんだ。

 彼女は家が近所なので幼い頃から知っていることもあり、こんな風にズケズケとものを言われがちだ。

「卑屈な妄想を拗らせていそうって……」

 それにしても酷い言い様だなと少し抗議の意思を示したが。

「あら、ごめん。違ってた?」

「まあ、違ってないか……」

 言ってることは間違ってなかった。

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったので、空き缶を捨ててかなでちゃん——幼い時からの呼び方で今もそう呼んでいる——に簡単に挨拶してお互い教室に戻った。

 午後の授業は、妄想だったかもしれない羽深さんから向けられた微笑みが脳内でリピート再生され続けたため、内容はちっとも入ってこなかった。
 どう考えても天使の微笑みなのにおそるべき破壊力を併せ持っているんだもんなぁ。

 妄想に明け暮れたためか午後の授業は思いの外あっという間に過ぎ、ショートホームルームを終えるとサッサと帰るべく立ち上がった。

 午後の脳内リピート再生でさすがにお腹いっぱいなので、今度は目を合わせないようにと伏し目がちに立ち上がったところ、ひそひそ話が僕の耳にだけ聞こえよがしに届いてきた。

「昼休みにさ、楠木の奴ららちゃんのこと見てなかった? キモいんですけどぉ〜、てか怖いんですけど〜」

 くっ、バレてた!?
 僕はいたたまれない気持ちに耐えかね、出口に向かって足を早めた。

「なんでそんなこと言うの? むしろわたしの方が見てたし」

 と教室を出がけに聞こえた気がするそんな言葉。
 ん? あれは麗しき羽深さんの声では?
 ていうかやっぱりこっちを見てた!?
 いやいやいやいや。これももしかして妄想拗らせた幻聴か?

 んー、拗らせすぎてるからもう自分でもわけ分かんね。

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