出世街道か、失踪か

篠原皐月

(4)ガラスの天井

『全社員に通達。本館9階男性用トイレ、右端個室は終日使用不可とする。この警告を無視して立ち入った者がいかなる不測の事態に陥っても、我が社は一切関知しない』

 某総合商社で年に1~2回そんな通達が出た直近の定例役員会で、偶に社長が報告する事柄がある。

「三日前の話になるが、今回は女性社員が入ったそうだ」
 それに対し、何の事かと尋ねる声はなかった。

「なかなかの強者で、実力行使で粉砕したらしいな」
「話術で丸め込んだり、色仕掛けで誑し込んだり、即行で逃亡しなかったとは大したものだ」
「それにしても。この20年だけを考えると、女性の挑戦人数が多いですね」
「そうですね。私の後に戸塚部長、三枝係長、武村係長、如月主任ですから、今回の彼女も加えると、この20年間の男女比はほぼ同率かと」
 最年少の取締役である春日が告げると、社長の片腕である北林常務が嫣然と笑う。

「本当に、隔世の感があるわね。私が入社した頃は女性が役員になるなんて、考えられなかったのに。それが今や、次期幹部候補の男女比率が同率近いとは」
「それは様々な事に果敢に挑戦されてきた、女性幹部先駆者の常務のおかげですね」
「春日さん。おだてても例のプロジェクトは、あと予算10%減で進めて貰うわよ?」
「常務がこんなおだてに乗るとは、思っていません。私のビジネストークにコロッと騙された、あのトイレの向こうの得体のしれない連中と常務とでは、比較にもなりませんわ」
「あら、ありがとう。それなら予算5%減で調整しましょうか。社長、どうでしょう?」
「君が良ければ構わない」
「ありがとうございます!」
 副社長兼務の常務と社長の間であっさり話が纏まり、他の者が囁き合う。

「本当に常務は、色々な固定観念をぶち壊してきたよな」
「世間はどうあれ我が社の場合、ガラスの天井は崩壊寸前だ」
 男性役員達は、揃って真顔で頷き合った。

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