新・生物学入門『ドラゴンの創り方』

下之森茂

4.知識の槽(おけ)

「これが高度知性体だ。」


光り輝く透明な培養ばいよう液から取り出された、
つややかな黒色をした正六角柱の物質。


「高度知性体という名ではあるが、
 見た目はこのような、ただの石である。」


研究者がそれを爪先ではじくと、
硬く冷たい音が周囲の子供たちに届く。


「ただし、その名の通り
 学習能力に特化した生物である。」


海水がしたたる手のひらの物質、
高度知性体の姿を、子供たちに見せて回った。


皆、興味深くそれを見つめる。


目もふんも、臓器ぞうきも、あなさえもなく、
生物とは思えない均等きんとうな石の柱。


「『考える石』とも呼ばれており、
 成体になると思考にだけ特化する。」


「変なの。」


子供のひとりがそうつぶやいたので、
研究者はうなずいた。


「人類の叡智えいちが生み出したこの奇妙な結晶。
 高度知性体は電気刺激によって成長し、
 『鉱化こうか』…つまり生物ではなく、
 このような石の姿になる。」


「あの水槽すいそうは?」ひとりの子供がたずねる。


「あれは幼体ようたい、子供の姿だ。」


高度知性体を取り出した水槽に
正六角柱の物質はなく、白く小さなはく
浮き沈みを繰り返し、きらめきを放つ。


「幼体は自力で泳ぐこともできず、
 培養液から栄養を吸収して分裂ぶんれつ
 自分の複製コピーを作り続ける。」


「どうやって幼体は成長するんですか?」


子供の質問に、研究者はうなずく。


「成体を幼体と同じ培養液のおけに入れることで、
 高度知性体同士が連結し、信号を送りあい、
 幼体は成体の持つ大量の情報を共有する。」


「海中教育だ。」


「そう。皆も経験があるだろう。
 高度知性体とはいえ、遺伝情報だけでは
 『知能』としては不完全だ。
 成体となった高度知性体は水槽から取り出し、
 こうして新たな肉体が与えられる。」


そう言うと研究者は『知能』と呼んだ石の柱を、
横になっている人形の子供のところに運び、
頸椎けいつい頭蓋骨ずがいこつの間に開かれた
小さなあなにはめ込んだ。


高度知性体――
『知能』を収納した人形は、
目を見開いて研究者の顔と
周囲の子供たちを見つめた。


ヒト、オスとメス、大人と子供。
人形は仕組みにのっと類型化カテゴライズし、
目の前の個体を認識する。


研究者の大人や周囲の子供たちも、
人形の子供が動き出したのを見て、
ヒトの子供と類型化カテゴライズした。


「さて、では改めて、生物学の話をしようか。」


大人がそうのたまうので、
子供たちはひとまずうけたまわる。




(了)

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