【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第11章 ラスボス登場?2

無言でキッチンへ行き、電子ケトルをセットする。
そういえば少し前に、頂き物だけどと母がくれた紅茶があったな、と探しだした。
これもティバッグだが、いいお茶だから誤魔化されてくれないかな。

「さすが、漸。
趣味のいい家に住んでいるわ」

――漸。

呼び捨てにされ、ひくっ、と唇が攣った。

「一緒に住んでいる女は、最低だけど」

ピクピクと口端が痙攣する。
すみませんね、今日は一日、ミシン作業の予定だったから、パーカーにスウェットパンツなんて緩い格好で。
髪も邪魔にならない程度の雑お団子だし、化粧も必要最低限しかしていないんですよ。

「……どうぞ」

引き攣った笑顔で彼女の前に紅茶を置く。
石鍋さんたちにも勧めたが、申し訳なさそうに断られた。
職務中だとダメなのかな。
なら、悪いことをした。

「ねーぇ?
茶菓子は出ないのーぉ?
ピエル・アンリーのマカロンが食べたーい。
季節限定の、フランボワーズのやつーぅ」

ピキッ、とまた、笑顔が引き攣る。
漸が好きだから、と買ってあるYUKIZURIの、しかも期間限定のブルーベリーを仕方ないから出そうかと思ったけど、やめた。
ピエル・アンリーとか高級店、しかも大都市の百貨店にしか入っていないような店が、金沢にあるわけがない。

「ねーぇ、森原もりはら
ちょっと買ってきてーぇ」

「はっ」

黒スーツ――森原さんは携帯で店の場所を調べはじめたが、金沢に店はないんだって。

「……はぁーっ」

ため息をつき、YUKIZURIを適当なお皿に盛る。
ううっ、漸、ごめん。
また近いうちに買っておくから。

「……これで我慢してください」

彼女の前にお皿を置いた。
別にわがままに屈服したわけではなく、石鍋さんたちが非常に可哀想だから。

「だからーぁ、私はピエル・アンリーのマカロンが食べたいの。
季節限定のフランボワーズがーぁ。
あ、マクシェリシュのストロベリータルトでもいいわ」

なんだか呪文みたいな知らない名前が出てきたが、それもきっと東京にしかないお店なのだろう。

「……それで。
私になんのご用ですか?」

こういう、話が通じないタイプの人間には、早くお引き取り願いたい。

「ねーぇ、あなた。
死んで、ちょうだい?」

彼女の顔から笑みが消え、背筋にぞくりと悪寒が走った。

「なーんて、冗談よ、冗談!」

さっきの顔が嘘のようにケラケラと笑っているが、嘘だ。
あれは絶対、本気だった。
ばくばくと速い心臓の音が落ち着かない。
たぶんいまからひとつでも選択を間違えば、私は……。

「漸と別れてくれるーぅ?
漸ってば、婚約を破棄するとかいうんだもの」

晩ごはん、カレーやめてハンバーグにしてーぇ? くらいの軽い調子で彼女が言ってくる。
けれどその端々から逆らいがたい威圧感を発していた。
それでも、私は。

「……できません」

「この私が言ってるのに!?」

勢いよく彼女が立ち上がる。

「それが?」

「私の父は総理大臣なのよ!
貴方を消すくらい簡単なんだから!」

激昂する彼女を、醒めた目で見ていた。
彼女は漸が、もっとも嫌う人種だ。

「父親が総理大臣だからなんだっていうんですか?
偉いのは父親であって貴方ではありません」

さっ、と彼女の顔に朱が走る。

「それとも、総理大臣の娘としてではなくひとりの女として、勝負することもできないんですか」

図星なのか両の拳を握りしめ、彼女はわなわなと震えだした。

「あなたに、この私が負けているとでも!?
お金だって持っているし、顔もスタイルもいい、この私が!」

あー、うん。
誇るところが間違っている。
漸はお金も女性の顔や身体にも関心がない。
そして、そういうところを自慢する人間が大っ嫌いなのだ。
それがわからない時点で、万が一にも彼女へ漸が興味を持つことはない。

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