【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第10章 抱かせていただいてもいいですか5

どうして貴方がここに?
などと思ってもいいよね。
駿平さんは七月に結婚した、昔、憧れていたお兄さんだ。
勝五郎をお供にうろうろしていたような私が、人並みのレディに……になれたかどうかは微妙だが、まあおとなしくなったのは彼のおかげだといってもいい。
しかし駿平さんは県外に就職し、いまはそちらに奥さんと共に住んでいるはずだ。

「ちょっと用事で実家帰ってきたら、急に嫁が熱出してさ。
鹿乃子ちゃん、どれが一番効くかわかる?」

真剣に彼は、薬を選んでいる。

「胃に優しいとかだとこの辺ですけど、効き目で選ぶとしたら……」

奥さんが大変なのに悪いが、微笑ましいな。
奥さんのために薬を買いくるとか。

「よし、決まった!
ありがとう、鹿乃子ちゃん!」

「鹿乃子さん、お待たせしました」

薬を決めて駿平さんが私に笑顔を向けるのと、買い物を終わらせた漸が来たのは同時だった。

「誰?」

「その、どなたでですか……?」

ふたりの視線が私へと向かう。

「駿平さん、私の……旦那様になる、漸です。
漸、小さい頃にお世話になった駿平さんです」

ううっ、旦那様とか言うの、照れくさいよー!

「ああ!
鹿乃子ちゃんの旦那!
へえ、あの鹿乃子ちゃんが結婚か!
勝五郎連れて、町内を闊歩していた鹿乃子ちゃんが!」

「……鹿乃子さんが昔、お世話になったみたいで」

駿平さん、そこは黒歴史なので触れないでほしい……。
漸はといえば余裕を滲ませてにっこりと笑っているが、あれは絶対……怒っている。

「仲良くなー!」

店を出て、ぶんぶん手を振る駿平さんとは別れた。

「……漸、怒ってます、よね?」

「別に怒ってなどいないですよ」

なんでそんな嘘をつくかなー?
その無表情、能面モードは怒っているときじゃないですか。

「駿平さんにヤキモチとか妬いています?」

「別にヤキモチなど妬いていないですが」

あー、これは、図星を指されて意地になっちゃってるなー。

「駿平さんは子供にありがちな、憧れのお兄さんだっただけですよ。
あの頃だってそれだけですし、もちちろん、いまは恋愛感情どころか憧れもありません」

「……はぁーっ」

漸の口からため息が落ちていく。
信号で止まったのもあって、ハンドルにがっくりと項垂れかかった。

「あたまではわかっているんですが。
鹿乃子ちゃん、などと親しげに呼んでいたので、ついかっとなりました」

漸の視線は横断歩道を渡る、ベビーカーを押した夫婦に向いている。

「ダメですね、本当に」

信号が青に変わり、身体を起こして漸はアクセルを踏み込んだ。

「漸がヤキモチ妬きなのはわかっているので、別にかまいません。
でも、黙って怒らないでちゃんと話してください。
それだけは、約束して」

なにも言わずに溜め込まれるのは嫌だ。
きっとそういうのが降り積もってのちのち、取り返しのつかないことになる。
だから理由はちゃんと教えてほしい。

「そうですね、約束します」

少し機嫌がよくなったのか、漸の唇が僅かに緩んだ。

さほど時間がたたずに戻ってきた私たちを、祖父が迎えてくれる。

「なんでぇ、忘れ物でもしたのか」

そう言いつつも、祖父の顔はだらしなく崩れていた。

「晩ごはんの買い物に行ったら漸が、実家にも差し入れしようってカニ買ってくれて」

「はい、どうぞ食べてください」

カニの箱を漸が差しだす。

「カニか!?」

途端に祖父の目が、キランと輝いた。
祖父はカニが、大好きなのだ。

文生ふみお、文生ー!
漸がカニをくれたぞ!」

「あらあら、そうなの?」

祖父が家の奥へと叫び、祖母がスリッパをぱたぱたさせながら出てきた。

「今年はまだ漁が解禁されてから食ってねぇからな。
初物だ」

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