【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~
第9章 私と貴方の独占欲1
東京滞在の残り二日で漸の生活向上に必要なものを買いに行けたら……とは思ったものの。
「すみません、鹿乃子さん。
金曜は午後からゆっくり、有坂のご家族にお土産を買って金沢へ帰るつもりだったんですが、無理そうです……」
はぁーっ、と朝食を食べながら陰気なため息が漸の口から漏れる。
あのゴリラお父さんは漸が店を辞めるその日までこき使いたいらしく、客をどんどん入れてきていた。
「もういっそ、店のことなんか無視して今日にでも辞めたらどうですか?」
漸があの店の面倒を見ることはないと思う。
育ててもらった恩、とかいうのなら、もう十分すぎるほど返している。
「そうできたらいいのですが、本当の私自身のお客様にご迷惑をかけると思うとですね……」
はぁーっ、とまた、苦悩の濃いため息が落ちた。
嫌な接客など断ってしまえばいいが、そうすると漸のお客様の仕立てを後回しにするだとか、売り掛けの拒否だとかちらつかされて、漸もままならないらしい。
「まあそれでも、今日からはこれがありますから」
漸が嬉しそうに、自分の左手薬指に嵌まる指環を見る。
「いくら父が否定しようと、荒木田様と婚約破棄した事実はすぐに広まります。
それにこの指環です。
そのうちお客様の方から離れてくださるでしょう」
漸は笑っているけれど、なんか不安なのはなんでかな……?
今日の漸は着物だった。
一日、四組接客ってなんかヤだな。
きっと、漸に色目を使ってくる人もいるんだろうし。
「……無理、しないでくださいね」
後ろからぎゅーっと抱きつく。
「鹿乃子さん?
心配しなくても大丈夫ですよ、私は鹿乃子さんだけのものなので」
振り返った漸の手が、あやすように触れる。
「そうなじゃなくて。
もう漸を傷つけてほしくないんです。
だから、……本当は店の仕事、辞めてほしい」
「鹿乃子さん……」
振り返った漸が、私を見下ろす。
両手がそっと、顔に触れた。
「大丈夫ですよ、いまの私には鹿乃子さんの愛で傷防止コーティングができていますから」
「……愛」
ふふっ、と小さく笑われ、みるみる顔が熱を持っていく。
「店に立つ前にコーティングを、もっとしっかりさせていただいていいですか?」
ゆっくりと漸の顔が近づいて唇が重なる。
離れていく彼の、襟を掴んでいた。
「……漸。
もっと、……して」
触れるだけのキスはもどかしい。
もっと、もっと漸と触れあいたいのに。
「んー」
少し悩んだあと、また漸の顔が近づいてきて目を閉じた……けれど。
「……煽んな、鹿乃子。
これ以上したら、止められなくなるだろうが」
わざとらしく耳に息を吹きかけ、漸が離れる。
「うーっ。
意地悪」
「そういう鹿乃子さんは可愛くて好きですよ」
愉しそうに笑いながら、漸が羽織をはおる。
「買い物とか好きにしていいですからね。
お供できなくて申し訳ありませんが。
無理に公共の交通機関を使う必要はありません。
タクシーを使ってください」
資金が減っているだろうとでもいうのか、財布からお札を全部抜き取り、漸は私の手を取ってのせた。
「あの、こんなお金の使い方をして大丈夫なんですか……?」
ずっと気にかかっていた。
三橋呉服店からの収入はなくなるのだ。
いままでどおりでいいはずがない。
「んー」
ちょいちょい、と手招きされて、背伸びをして顔を近づける。
私の耳に口を寄せ、漸が耳打ちした年収は、父と祖父が作っている着物が上代で百枚は軽く買える金額だった。
「え、コンサルのお仕事ってそんなに儲かってるんですか!?
……あ、すみません」
さすがに不躾だったと顔が熱くなる。
そんな私を、漸はくすくすと笑った。
「一斗の顔が広いおかげです。
それにもともと、店からはあまり、お給料をもらっていないんですよ」
「すみません、鹿乃子さん。
金曜は午後からゆっくり、有坂のご家族にお土産を買って金沢へ帰るつもりだったんですが、無理そうです……」
はぁーっ、と朝食を食べながら陰気なため息が漸の口から漏れる。
あのゴリラお父さんは漸が店を辞めるその日までこき使いたいらしく、客をどんどん入れてきていた。
「もういっそ、店のことなんか無視して今日にでも辞めたらどうですか?」
漸があの店の面倒を見ることはないと思う。
育ててもらった恩、とかいうのなら、もう十分すぎるほど返している。
「そうできたらいいのですが、本当の私自身のお客様にご迷惑をかけると思うとですね……」
はぁーっ、とまた、苦悩の濃いため息が落ちた。
嫌な接客など断ってしまえばいいが、そうすると漸のお客様の仕立てを後回しにするだとか、売り掛けの拒否だとかちらつかされて、漸もままならないらしい。
「まあそれでも、今日からはこれがありますから」
漸が嬉しそうに、自分の左手薬指に嵌まる指環を見る。
「いくら父が否定しようと、荒木田様と婚約破棄した事実はすぐに広まります。
それにこの指環です。
そのうちお客様の方から離れてくださるでしょう」
漸は笑っているけれど、なんか不安なのはなんでかな……?
今日の漸は着物だった。
一日、四組接客ってなんかヤだな。
きっと、漸に色目を使ってくる人もいるんだろうし。
「……無理、しないでくださいね」
後ろからぎゅーっと抱きつく。
「鹿乃子さん?
心配しなくても大丈夫ですよ、私は鹿乃子さんだけのものなので」
振り返った漸の手が、あやすように触れる。
「そうなじゃなくて。
もう漸を傷つけてほしくないんです。
だから、……本当は店の仕事、辞めてほしい」
「鹿乃子さん……」
振り返った漸が、私を見下ろす。
両手がそっと、顔に触れた。
「大丈夫ですよ、いまの私には鹿乃子さんの愛で傷防止コーティングができていますから」
「……愛」
ふふっ、と小さく笑われ、みるみる顔が熱を持っていく。
「店に立つ前にコーティングを、もっとしっかりさせていただいていいですか?」
ゆっくりと漸の顔が近づいて唇が重なる。
離れていく彼の、襟を掴んでいた。
「……漸。
もっと、……して」
触れるだけのキスはもどかしい。
もっと、もっと漸と触れあいたいのに。
「んー」
少し悩んだあと、また漸の顔が近づいてきて目を閉じた……けれど。
「……煽んな、鹿乃子。
これ以上したら、止められなくなるだろうが」
わざとらしく耳に息を吹きかけ、漸が離れる。
「うーっ。
意地悪」
「そういう鹿乃子さんは可愛くて好きですよ」
愉しそうに笑いながら、漸が羽織をはおる。
「買い物とか好きにしていいですからね。
お供できなくて申し訳ありませんが。
無理に公共の交通機関を使う必要はありません。
タクシーを使ってください」
資金が減っているだろうとでもいうのか、財布からお札を全部抜き取り、漸は私の手を取ってのせた。
「あの、こんなお金の使い方をして大丈夫なんですか……?」
ずっと気にかかっていた。
三橋呉服店からの収入はなくなるのだ。
いままでどおりでいいはずがない。
「んー」
ちょいちょい、と手招きされて、背伸びをして顔を近づける。
私の耳に口を寄せ、漸が耳打ちした年収は、父と祖父が作っている着物が上代で百枚は軽く買える金額だった。
「え、コンサルのお仕事ってそんなに儲かってるんですか!?
……あ、すみません」
さすがに不躾だったと顔が熱くなる。
そんな私を、漸はくすくすと笑った。
「一斗の顔が広いおかげです。
それにもともと、店からはあまり、お給料をもらっていないんですよ」
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