【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの4

まさかこんなところで、自分の店の名前が出るなんて思わなかった。
実際に購入してくださった方には会ったことがないので、実は妖精が買っているんじゃ……?
とか謎なことを思ったりもした。
でも、実在しているんだな……。

「ちょっと待ってください……」

カチカチとカウンター下で彼女がマウスを操作する。

「ああ、これですね……。
確かに、可愛いしお手頃ですね。
ちなみに今日の半襟もそうですか?」

「はい、襟も帯も自分で染めました」

今日は黒チェックの着物にあわせて、林檎柄の半襟にしてきた。
濃紺の帯も、お揃いだ。

「ちょっと帯も見せていただいてもいいですか」

「はい」

漸の手を借りて羽織を脱ぎ、背中を向けてお太鼓を見せる。

「これも可愛いですね。
先ほど、自分で染めてらっしゃると言っていましたが?」

「はい、祖父と父が加賀友禅師なんです。
なので染めを習って自分で染めています」

「半襟の柄はどれくらいありますか?
一枚作るのにどれくらいかかりますか?」

次々に明希さんから質問が飛んでくる。
それにひとつずつ、丁寧に答えた。

「あ……。
すみません、気になるとなんでも訊ねないと気が済まない質なので」

一通り訊き終わって気が済み、冷静になると恥ずかしくなってきたのか、明希さんは頬を少し赤らめた。

「いえ、別にかまいません」

彼女の質問の中で、自分で気づけなかったいくつかの問題点もわかった。
これだけでここへ連れてきてくれた漸にも、いろいろ訊ねてくれた明希さんにも感謝だ。

「いろいろ訊いたのに申し訳ないですが、うちはオリジナルのみを販売なので子鹿工房さんの商品を置くことはできないんです」

「そう、ですか……」

ここへうちの商品を置けたら素敵だろうな、とかいつのまにか思っていた。
そんなの、無理だって少し考えればわかるのに。

「あ、あの!
でもですね!」

あまりに私が落ち込んでいたから、明希さんが慌ててフォローしてきた。
それがさらに、私を落ち込ませる。

「うちから依頼という形で、商品を作っていただくことは可能でしょうか?」

それって、オーダーしてくれるってこと……?
俯いていた顔が、上がる。

「はい、それは大丈夫です!」

仕事が、もらえる。
どんな形にしろ、自分の作品をこの店で売ってもらえる。
これからの期待で、一気に胸が膨らんでいく。

「細かい話はまた……って、子鹿工房さんは金沢、でしたよね?」

こういうとき、地方の私が恨めしい。
いや、住むなら断然、金沢だけど!

「大丈夫ですよ、金沢から東京まで二時間半もあれば着きますし、それに私がちょくちょく東京には来ますから。
有坂さんの代理でお話ができます」

それまで黙って話を聞いていた漸が、加わってくる。
目があって、任せてくださいと漸が小さく頷いた。

「なら、大丈夫ですね。
じゃあ……」

そのあとは見本や価格表など、必要なものの話をした。

「では、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

いきなりの商談は思いのほか上手くいき、上機嫌で店をあとにした。

「漸、ありがとうございます。
私に仕事の話を持ってきてくれて」

さりげなくタクシーを停め、私を乗せる。
当然、漸もそのあとから乗り込んできた。

「明希さんの店は鹿乃子さんの作るものに向いているな、と以前から思っていただけですよ。
オーダーなんて考えてくれたのは明希さんですし、そうさせたのは鹿乃子さんの真摯な対応です」

ぽんぽん、とあたまに触れた手は、褒めているようだった。
でもやっぱり、子供扱いなんだよね。

「けど、漸が連れてきてくれなければ、こんな機会はなかったです。
ありがとうございます。
……明希さんと漸との関係は気になりますが」

あんな、美人だよ?
しかも至極、まっとうな人。
漸だって少しくらい、よろめいたんじゃないかな。
それにあそこの店は女性ものばかりで男性ものはなかった。
怪しい。

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