【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの3

「えっと……」

一昨日、漸と一緒に店へいったときはタクシーだった。
それも近くまでなので、店に行き着ける自信は全くない。

『タクシー、使ってください。
それでですね……』

言われたことをしっかり心の中へメモする。
電話を切ってタクシーを呼び、出掛ける準備をした。

このあいだと同じ、銀座三越の前でタクシーを降りる。

「小さめの通りを挟んだ向かい、とは言っていたけど……」

どの通りも大きく見えるんですが?
などとひとりでツッコみつつ、とりあえず三越の周りを歩く。
歩きはじめた方向がよかったのか、さほどかからずに指定されたコーヒーショップを見つけた。

「チェーンは場所が変わってもメニューは変わらないから、返って安心する」

苦笑いしながら期間限定のマロンのフラッペを飲む。
漸は紹介したい店があるとか言っていたけど、どこへ連れていってくれるのかな。
正直に言うと、東京で行きたい古着屋や呉服店がいくつかある。
でも今回は漸を知るために行くのだからと諦めたんだけど。

「鹿乃子さん」

二十分もしないうちに漸が来た。

「迷いませんでしたか?」

「はい、大丈夫でした」

笑って立ち上がったら、漸の手が空になったプラカップを掴む。
そのまま、ゴミ箱へ捨ててくれた。

「少し離れたところなんですが、鹿乃子さんに絶対、ためになると思うので」

「楽しみです」

店を出て、タクシーを拾う。
漸は必ず、私を先に乗せた。

「可愛い鹿乃子さんに訊くのは愚問だとは思いますが、今日は名刺をお持ちですか?」

「はい、一応……?」

漸から、いつ何時ビジネスチャンスが巡ってくるかわからないから、いつでも名刺は持っておくようにと指導されている。
なので最近の私の持ち物は、携帯、財布、名刺がワンセットになっていた。

「それなら大丈夫ですね」

よくできました、とばかりに漸が笑う。
また、子供扱い。
一回り下だから仕方ないけど。
でも、名刺を確認されるってことは、ビジネス絡みってことなのかな?

漸が連れてきてくれたのは、こぢんまりとしたブティック……ではなく、着物の店だった。

「ここはオリジナルの着物を取り扱っている店なんですが、生地もオリジナルで作っています」

「素敵です……!」

以前から呉服店の店先にかかる、プレタや安い反物の柄がマズいと思っていた。
もう母どころか祖母の時代から変わっていないんじゃないかと思えるあの柄が、若い子にウケるはずがない。
だから私は手芸店で好みの生地を買って縫っていたくらいだ。
でもここの着物は洋服屋の店先に並んでいてもおかしくない、チェックや水玉に花柄、色もお洒落だ。

「こんなお店が近所にあったら、散財しちゃう……!」

それくらい、趣味がいい。
私が求めているお店、って感じがする。

「鹿乃子さん」

「あっ、はい」

漸に呼ばれ、我に返る。
それほどにまで、夢中になっていた。

「こちら、店主の明希あきさんです」

紹介してくれたのはブルーグレーの着物に黒の帯なんてお洒落な、漸と私のちょうど間くらいの歳の女性だった。

「初めまして、有坂です。
素敵なお店ですね!」

「ありがとうございます」

うわっ、笑うと美人さんだよ!
つい、漸の顔を見上げていた。
視線があって、僅かに漸が首を傾げる。
店の客を嫌っているのはわかるから安心だけど、こういう人はなんか心配。

「明希さん、鹿乃子……有坂さんはご自分の工房で、半襟などの小物を作っているんですよ」

こほん、と小さく咳払いして漸が名前を言い直す。
ビジネス、だからかな。

「はい、子鹿工房という小さなネットショップをやっています」

ああ、名刺の出すのはここなんだな、とバッグの中から名刺入れを出して渡す。
ちなみにこの花柄の名刺入れも、自分で染めて作ったものだ。

「子鹿工房さん……?
ああ、前にお客様が、可愛いからつい買いすぎてしまうんだと、その日の半襟を自慢していらっしゃいました」

「あ、えっと、……恐縮、です」

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