【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの2

あたまの中で想像していた女性の姿がぽん!と豚に変わり、おかしくなってくる。

「はい、肉です」

さらに神妙に頷く漸がおかしくて、ついに笑い声が漏れた。

「だ、大丈夫ですよ。
それに漸が嫌がっていたのはわかっています。
なのに、ヤキモチなんて妬いてごめんなさい」

漸には楽しいどころか苦痛しかなかったのだ。
わかっていたはずなのに、私は。

「本当に可愛いですね!
鹿乃子さんは」

眼鏡の奥で目尻を下げ、漸がうっとりとした顔をする。

「別に詫びていただく必要はありません。
だって私はあとで、屈辱で顔を歪めるあの方たちを想像して、愉しんでいなかったといえば嘘になりますし」

思いだしているのか、漸はふふっと小さく笑った。

「……漸、性格悪いです」

「私は鹿乃子さんをはじめ大事な方々以外には、優しくないですから」

にっこりと笑う漸の顔は綺麗だけど、私にそれ以上、ツッコませなかった。

今日は店で接客だから、漸は着物だ。

「そういえば、店と副業が同じ日のときはどうするんですか?」

店でスーツでの接客は問題ないかもしれないが、コンサルのほうは着物というわけにはいかないだろう。

「店にどちらも着替えを何着か置いていますので、問題ないですね。
そもそも、店の接客とコンサルのアポイントメントは同じ日にならないように調整していましたから」

「あ、そーゆー」

いろいろ気を遣っているんだ、漸は。
これからはそういうのがなくなるから、楽になるのかな。

「じゃあ、いってきます」

羽織を羽織った漸は、私の額へと口付けを落とした。

「……いってらっしゃい」

送りだしながらも、モヤる。
だってもう、キスという一線は越えたんだよ?
なのに、行ってきますのキスが額とか。

「うー」

私ってわがままなのかな?
いままで漸が、女性へ笑顔を向けてきたのが嫌。
あの笑顔が作り物だってわかっていても。
漸がお客に、そういう目で見られて、触れられていたのも、嫌。
できることならごしごし洗濯して、そういうの全部、洗い流したいくらい。

「あー、私ってこんなに、独占欲が強かったんだ……」

ソファーにぽすっ、と横になる。
アラフォーで一回りも年上となればその分、私よりも漸にはいろいろなことがあったはずだ。
私はそれ全部に、ヤキモチを妬くのかな……。

「あー、もう、仕方ないよね!」

我慢したって仕方ないし、妬きたいだけヤキモチを妬こう。
でも、それを無理に抑え込まない。
全部、漸に話そう。
ひとりで抱え込んで悶々と悩んでいたら、変な考えに嵌まるだけだ。

「はい、決まったし、仕事しよう!」

きっと、これでいい。
気持ちを切り替え、タブレットを出して図案を考えはじめた。

昼食は昨日も行った、スーパーでお弁当を調達してくる。

「あー、電子レンジもないんだったよ、この家……」

マンションに帰ってきて、苦笑いが漏れる。
もともとここにあった調理器具は、一口のIHクッキングヒーターとフライパン、あとは電気ケトルだけだ。
フライパンはパンを焼くために買ったんじゃないか疑惑があるけど、……なんで、フライパン?
普通、トースター買おうと思わない?
漸は前に、料理は上手とか言っていたが、このキッチンだとかなり疑わしい。

「金沢に帰る前に、電子レンジを置きたい……。
トースターはあった方がいいけど、まあなくてもいいか。
炊飯器でごはんを炊けと言ってもしそうにないし、そこはパックごはんか……。
そうなるとやっぱり、電子レンジ……」

冷たいまま買ってきたお弁当を食べながら、携帯へ買い物メモを入力する。
またそこそこ出費しそうだけど、大丈夫かな?
これからはコンサルだけの収入になるわけだけど、昨日、会った立本さんは、けっこういい身なりをしていたもんなー。
腕時計とかひと目で高級品だってわかるものをつけていたし。
と、いうことは、漸もそこそこ稼いでいる……?

「そこも一応、確認だよね……」

私の稼ぎはあてにならない。
いや、あてにできるほど稼げるようになるのだけれど!

お弁当を食べ終わり、暇つぶしに映画を観ていたら漸から電話がかかってきた。

「はい」

『一時間ほど店で書類整理をして、今日は終わります。
ここまで出てこられますか?』

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