【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~
第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの1
東京に来て四日目は水曜日だった。
予定では明後日、金曜夜の新幹線で金沢へ帰ることになっている。
「鹿乃子さん。
今日のお客様は午前中に一件だけですし、午後から少し、お出掛けしませんか?」
朝、トーストを食べながら漸が訊いてくる。
フライパンでパンを焼くのは悪くないがやはりトースターはあった方がいいと思うし、カップひとつをふたりでシェアするのも若干、つらい。
なので買いに行きたいと思っていたので、いいかも?
あ、いや、私はあと何度、ここに来るのかはわからないけれど。
「はい、かまいませんが」
「鹿乃子さんに紹介したいお店があるんです。
きっと、お役に立つと思います」
カップが空になったので、新しいコーヒーを漸が淹れてくれる。
「あ、はい。
わかりました」
そうか、漸は私に、この東京滞在をただ、ご家族との対決だけで終わらせず、実りあるものにしてくれようとしているんだ。
やっぱり漸は、優しいな。
「お昼も本当はご一緒したいんですが、たぶんお客様と同伴になりますので……」
ははっ、と小さく笑い声を落とした漸は、少し泣きだしそうだった。
「無理はしないでくださいね。
嫌なものは嫌だって言っていいんですよ?」
「今日はランチなので、そのあとはないと思いますので大丈夫です。
いま入っている予約がなくなれば、そういうお客は断りますしね。
だいたい、もう縁を切ると言っているのに、いまだにかまわずに予約を入れてくる父は、なにを考えているのだが」
はぁーっ、と漸の口から苦悩の濃いため息が落ちる。
さすが、厚顔無恥なゴリラというか。
いや、ゴリラのほうが社会性のある動物なので、ゴリラに失礼だな、これは。
「その、ちょっと気になっていたんですけど、漸はその、……物理的にできない、って断っているんですよね?
なら普通は諦めるのでは?」
できないと言われたら、さすがに無理に関係を結ぼうなんてできないはず。
でも漸の口ぶりだと、それでも迫られている感じがしていた。
「ああ。
あの方たちは恥ずかしげもなく、どんな男も勃たせてみせるから大丈夫、なんて自信満々に言うんですよ。
きっとあの方たちの辞書には慎み、なんて文字はないんでしょうね」
漸が綺麗に口角を上げてにっこりと笑い、ぞぞぞーっ、と背筋に悪寒が走った。
「あー、うん。
そう、ですね。
そういう方にはどうお断りするんですか……?」
「そうですね。
私は実はこういう趣味で、こうしないと興奮しないので……と、服を脱がせて差し上げたあとに目隠しをして、さらに手足を縛ってベッドに転がし、さっさと帰ります」
さらりと物騒なことを言いながら、漸はサクサクとトーストを食べている。
「えーっと。
そのあと、その方は……?」
「心配ないですよ、しばらくしたら気づいたお付きの方が救出しますから。
それを見越してやっていますので」
「……」
……漸、怖い。
興味のない人間にはそんなことができちゃうあたりが。
でもあちらも悪いんだし、自業自得だからいいか。
私も残りのトーストを食べながら、はたと気づく。
……服を脱がせて、とはその女性の裸を見たということで。
そこまで至る過程を思い起こすに、キスだってしていてもおかしくない。
漸が数多の女性とそんなことをしていたと考えたら……ムカつく。
「……鹿乃子さん?」
トーストを食べ終わった漸が、私の顔をうかがう。
「もしかして、怒っていますか?」
「……怒ってないです」
なーんて目もあわせず、不機嫌全開で言えば誤魔化せないけれど。
「もしかしてお客様に妬いてくれていますか?」
「……!」
言葉にしたくないことを的確に言われ、かっと頬が熱くなった。
「べ、別に私は、妬いているとか……!」
「可愛い、鹿乃子さん」
身を乗りだした漸の、唇が私の額に触れる。
「そうですよね、鹿乃子さんにとっては重要問題ですよね」
ふっ、と薄く笑った漸は、楽しそうだったさっきと違い、淋しそうだった。
「申し訳ありませんが私は一斗をからかえないほど、女性の身体を見てきました。
けれどそこに、性的なものはなかったと誓います。
あれはただの、肉です」
「肉、ですか」
予定では明後日、金曜夜の新幹線で金沢へ帰ることになっている。
「鹿乃子さん。
今日のお客様は午前中に一件だけですし、午後から少し、お出掛けしませんか?」
朝、トーストを食べながら漸が訊いてくる。
フライパンでパンを焼くのは悪くないがやはりトースターはあった方がいいと思うし、カップひとつをふたりでシェアするのも若干、つらい。
なので買いに行きたいと思っていたので、いいかも?
あ、いや、私はあと何度、ここに来るのかはわからないけれど。
「はい、かまいませんが」
「鹿乃子さんに紹介したいお店があるんです。
きっと、お役に立つと思います」
カップが空になったので、新しいコーヒーを漸が淹れてくれる。
「あ、はい。
わかりました」
そうか、漸は私に、この東京滞在をただ、ご家族との対決だけで終わらせず、実りあるものにしてくれようとしているんだ。
やっぱり漸は、優しいな。
「お昼も本当はご一緒したいんですが、たぶんお客様と同伴になりますので……」
ははっ、と小さく笑い声を落とした漸は、少し泣きだしそうだった。
「無理はしないでくださいね。
嫌なものは嫌だって言っていいんですよ?」
「今日はランチなので、そのあとはないと思いますので大丈夫です。
いま入っている予約がなくなれば、そういうお客は断りますしね。
だいたい、もう縁を切ると言っているのに、いまだにかまわずに予約を入れてくる父は、なにを考えているのだが」
はぁーっ、と漸の口から苦悩の濃いため息が落ちる。
さすが、厚顔無恥なゴリラというか。
いや、ゴリラのほうが社会性のある動物なので、ゴリラに失礼だな、これは。
「その、ちょっと気になっていたんですけど、漸はその、……物理的にできない、って断っているんですよね?
なら普通は諦めるのでは?」
できないと言われたら、さすがに無理に関係を結ぼうなんてできないはず。
でも漸の口ぶりだと、それでも迫られている感じがしていた。
「ああ。
あの方たちは恥ずかしげもなく、どんな男も勃たせてみせるから大丈夫、なんて自信満々に言うんですよ。
きっとあの方たちの辞書には慎み、なんて文字はないんでしょうね」
漸が綺麗に口角を上げてにっこりと笑い、ぞぞぞーっ、と背筋に悪寒が走った。
「あー、うん。
そう、ですね。
そういう方にはどうお断りするんですか……?」
「そうですね。
私は実はこういう趣味で、こうしないと興奮しないので……と、服を脱がせて差し上げたあとに目隠しをして、さらに手足を縛ってベッドに転がし、さっさと帰ります」
さらりと物騒なことを言いながら、漸はサクサクとトーストを食べている。
「えーっと。
そのあと、その方は……?」
「心配ないですよ、しばらくしたら気づいたお付きの方が救出しますから。
それを見越してやっていますので」
「……」
……漸、怖い。
興味のない人間にはそんなことができちゃうあたりが。
でもあちらも悪いんだし、自業自得だからいいか。
私も残りのトーストを食べながら、はたと気づく。
……服を脱がせて、とはその女性の裸を見たということで。
そこまで至る過程を思い起こすに、キスだってしていてもおかしくない。
漸が数多の女性とそんなことをしていたと考えたら……ムカつく。
「……鹿乃子さん?」
トーストを食べ終わった漸が、私の顔をうかがう。
「もしかして、怒っていますか?」
「……怒ってないです」
なーんて目もあわせず、不機嫌全開で言えば誤魔化せないけれど。
「もしかしてお客様に妬いてくれていますか?」
「……!」
言葉にしたくないことを的確に言われ、かっと頬が熱くなった。
「べ、別に私は、妬いているとか……!」
「可愛い、鹿乃子さん」
身を乗りだした漸の、唇が私の額に触れる。
「そうですよね、鹿乃子さんにとっては重要問題ですよね」
ふっ、と薄く笑った漸は、楽しそうだったさっきと違い、淋しそうだった。
「申し訳ありませんが私は一斗をからかえないほど、女性の身体を見てきました。
けれどそこに、性的なものはなかったと誓います。
あれはただの、肉です」
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