【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第7章 自由になってできること5

握手をしながら立本さんはそんなことを言っているが、漸はどんな話をしているんだろう?

店は小洒落たイタリアンバルで、適当に漸……というか立本さんが料理を頼んでくれた。

「しっかし、漸が年下好みだったとは知らなかった」

ワインのグラスを笑いながら立本さんが傾ける。
彼は見るからに肉食系で漸とは系統が違うものの、負けず劣らずのイケメンだ。
顔面偏差値の高いふたりのおかげで、店の中でここだけ目立っている。

「別に年下好みというわけじゃありませんよ。
鹿乃子さんが最高に可愛いからです」

ふふっと笑い、漸がグラスを口に運ぶ。
立本さんは漸より年上に見えるが、漸は若く見えるので断定はできない。

「ふーん。
どんな女にも塩対応だったお前が、最高に可愛い、ね」

立本さんの視線が私へと向かう。

「……ま、確かに見た目は可愛いな」

「……」

見た目〝は〟って強調された。
まだ会って数分だから中身がわからないのは仕方ないが、ちょっと失礼じゃないかな。

「中身も可愛いですよ、鹿乃子さんは」

さりげなく、漸がフォローしてくれる。

「だって父に、漸は私の男だって啖呵を切ってくれるんですから」

ヒューッ、と立本さんが軽く口笛を吹いた。

「やるねぇ、あの親父さん相手に」

「でしょ?」

なんてふたりはくすくす笑っていて、頬が熱くなっていく。
しかもあれはまだ、思いだすと穴を掘って埋まりたくなる案件だけに。

そのうちサラダがきて、漸が私のお皿へと取り分けてくれた。
のはいいが、このふたりの関係がいまだにわからない。
副業のパートナーとしか聞いていないし。

「あの、漸の副業って……?」

そういえば前に聞いた、副業があるから収入には困らない、って。
けれどどういうものかは具体的に聞いていない。

「経営コンサルですよ。
とはいえ、ほぼ経理面からですから、税理士と似たようなものですが」

「似たようなもの、ってなんで税理士ではないんですか?」

うちでも帳簿を見てくれていたから、そういうのに詳しいのはわかる。
父に節税のアドバイスもしていたし。

「資格試験には合格しているんですが、実務経験が足りないんですよ。
登録もできませんから、似たようなもので税理士ではありません。
なのでアドバイスはできますが、申告等はできません」

「そう、なん、です、ね」

説明してくれても私にはよくわからない。

「はい。
本当は税理士を目指していたんですが、父に反対されました。
なので税理士になった一斗と一緒に、経営コンサルの会社を立ち上げたんです」

「ま、ほとんど俺ひとりがやってるけどな」

立本さんは苦笑いし、レタスを口に入れた。
これは、漸なりの小さな抵抗だったんだろうか。
そう考えて胸が少し、痛んだ。

「でも、もう反対する人間はいませんからね。
金沢で雇ってくださる税理士事務所を探して……」

「その話なんだけどよ」

フォークで人を指すのは、どうかと思いますよ、立本さん。

「俺と仕事をしていた期間で規定にあう時間を積算したら、十分、実務経験に足りると思うぞ」

「ああ、そうですか……」

みるみる、漸の目が潤んでいく。
ずっと叶えたかった夢が叶うんだ、嬉しいに決まっている。

「よかったですね、漸」

「鹿乃子さんのおかげです。
鹿乃子さんが父と、戦ってくれたから」

私の手を握る漸に、ううんと首を振る。

「違いますよ、漸が諦めなかったからです」

昨日の私はなにもしていない。
頑張ったのは漸だ。

「おー、おー、お熱いねー」

ふたりで見つめあっているところを立本さんに茶化され、みるみる頬が熱くなっていく。

「いいなー、俺も嫁さんもらうかなー」

ぐいっ、と立本さんはグラスを呷った。

「一斗に相手の方が大事にできるのなら、お勧めしますがね……」

はぁっ、と漸の口から苦悩の多いため息が落ちていく。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品