【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第6章 漸は私の男です9

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

店を出てタクシーに乗った三橋さんは、硬い顔をしていた。
両親へ私を会わせるのだ、緊張しない方がおかしい。

「……嫌いになりましたよね、店での私を見て」

ぽつり、と三橋さんの口から呟かれる。
それにどう、答えていいのかわからない。

「怖かった、です」

ぴくっ、と三橋さんの身体が反応した。
あの三橋さんが怖くなかったかといえば嘘になる。
でもあれはきっと、彼が望んだ自分自身ではないと思うのだ。

「なら……」

「でも、私はあの三橋さんは、三橋さん自身も嫌いなのをわかっていますから。
早くお家から解放されて、三橋さんになりたい三橋さんになりましょう。
そのために私、頑張りますから」

「鹿乃子さん……」

ぎゅっと彼の手を、指を絡めて握ると、力一杯、握り返された。
それすらも、愛おしい。
私はこの手を、絶対に離さないから。
大丈夫だよ、安心して。

タクシーは地元金沢の、長町武家屋敷跡で見られるような、重厚な門の前で停まった。

「ここ、ですか」

「はい」

無言で歩く三橋さんと並んで中へ入る。
お家もやはり、長町で有名な野村家バリに古く、立派だ。

「三橋さんちって……」

「ただの、呉服商ですよ。
ただし、ありとあらゆる手を使って権力者と結びつき、息子に男娼まがいのことをさせる、呉服商ですか」

自分の家のことを他人事のように、淡々と語る三橋さんは怖い。

「帰りました」

「お帰りなさいませ、漸様」

玄関では着物姿の私より少しばかり年上の女性が出迎えてくれた。

「父の個人秘書ですよ。
あと、愛人」

本人を前にしてさらりと爆弾発言をし、三橋さんが家へ上がる。
私も促されて、草履を脱いだ。

「どうぞ、こちらへ」

私たちを案内する女性は、屈辱で顔を赤く染め、ぶるぶると震えていた。

「帰りました」

通されたのは客間らしかった。
床の間を背に、初老の男女が座っている。

「珍しく帰ってきたかと思ったら、賤しい女を連れてきおって」

男性――たぶん、三橋さんのお父さんの言葉にカチンときたが、努めて顔には出さない。
きっとこれはまだ、この戦いの序盤にも入っていないのだ。

「鹿乃子さん。
父と、母です」

お父さんは恰幅がよく、体型だけは着物がよく似合いそうだ。
顔は全然、三橋さんに似ていなくて、悪いがゴリラを彷彿とさせた。
お母さんの方もこれも口が悪いが、神経質そうで鶏ガラっぽい。
どうしてこの両親からこんなに綺麗な三橋さんが生まれてきたのか不思議だ。

座布団を避けて座り、あたまを下げる。

「三橋さんとお付き合いをさせていただいている、有坂鹿乃子です」

「……付き合い、だとぉ?」

不快そうなお父さんの声が響いてきたが、かまわずに続ける。

「はい。
お付き合いをさせていただいています。
ゆくゆくは結婚も考えています」

「そんなこと、許すわけがないだろ!」

ドン!とお父さんが拳で机を叩き、大きな音を立てる。

「だいたい、漸は……」

「失礼、します」

襖が開き、先ほどの女性が入ってきてお父さんは口を閉じた。
お茶が出されたが、私の前にはない。
そこまで私は、招かれざる客だと言いたいのだ。

「失礼、しました」

とん、と襖が閉まった途端、お父さんは再び口を開いた。

「漸はつい先日、結納を終えたばかりだ!
オマエごときと結婚できるわけがなかろうが!」

また彼がドン!と机を叩き、今度はガチャンと湯飲みが跳ねる。

「三橋さんの意思を無視して、好きでもない人間と結婚させるんですか」

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