【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第6章 漸は私の男です6

とはどこだ!? とは思ったけれど、邪魔にならなそうな隅っこにでも座っていたらいいのかな。

「金池様がお越しです」

外から声をかけられ、三橋さんの姿勢が伸びる。
私もその少し後ろへ、姿勢を正して控えた。

「いらっしゃいませ、金池様」

「漸さん、今日はよろしくね」

入ってきたのは白髪の、上品な奥様だった。
三橋さんは美しい笑みをたたえているが、それはどこか嘘くさい。

「今日は紹介したい人がいるんですよ」

三橋さんに促され、一歩、彼女の前へ出た。

「有坂染色のお嬢さんの、有坂鹿乃子さんです」

「はじ……め、まして」

挨拶をしながら、笑顔が引きつらないように気を遣う。
はいーっ!?
見習いに接客を見学、って話じゃなかったですかー?

「あら!
あの、有坂染色のお嬢さんなの!」

金池さんから食いつき気味に顔を近づけられ、背中が反りかけたがぎりぎり耐えた。

「はい、あの有坂染色のお嬢さんです」

三橋さんはにこにこ笑っているが、もう完全に胡散臭い。

「私、栄一郎えいいちろう様の作品のファンなの!
けれど、方々を訊ね歩いてもなかなか巡り会えなくて。
最近は工房へ直接、お邪魔しようかとまで考えていたわ」

「それは、ありがとう、……ございます」

少女のように目をキラキラさせている金池さんに嘘偽りはないだろう。
それに、そこまで栄一郎――祖父の作品を気に入ってくださっているのは嬉しい。
しかしながら三橋さんの不意打ちは許せない。

「今日のそのお召し物も、栄一郎様の手によるものなのかしら?」

隅々まで容赦なく観察された。
普通なら嫌なところだが、祖父の作品を愛していて愛でたいのなら、やぶさかではない。

「はい。
祖父が成人の祝いに作ってくれたものです」

「やっぱり素敵だわー。
初釜のお着物も栄一郎様にお願いしたかったわ」

はぁーっ、と彼女の口から感嘆のため息が落ちる。
そこまで気に入ってくれているなんて……嬉しすぎて顔がにやけそう。

「もう一度、有坂染色様にお願いしてみます。
本日は別のもので我慢していただけませんか?」

「そうね、仕方ないわ」

あっさりと諦め、金池さんは三橋さんと着物選びに入った。

掛けた着物を見ながら相談がはじまる。

「初釜、ですと、あまり華美にならないものの方がいいかと」

「そうね……。
でもこの若草色は地味すぎない?」

「こうやって帯をあわせれば、十分華やかですよ。
それに、この若草色は金池様のお顔の色を引き立てます」

隅っこ……と思っていたのに、遠慮せずにもっと真ん中に座りなさい、と金池さんに勧められ、比較的近くで三橋さんの接客を見ていた。

……和風ホスト、がいるとしたらこれだな。

物腰柔らかく、それでいてテキパキと三橋さんは仮着付けしていく。
当然、手は身体を触るし、密着もする。
しかも、あの顔だ。

「ほら、いつも以上にお美しいです」

常に優しげに笑みをたたえ、さらに目があったらにっこりと微笑む。
あれだと勘違いするなという方が難しい。
ただし、私にはあれが、完璧な作り笑顔だというのはわかるけど。

「やだ、相変わらず漸さんは口が上手いんだから!」

……もしかしたらケラケラと明るく笑いながら、三橋さんの背中をバシバシ叩いている金池さんにもバレているのかしれないけど。
そしてそういう人だからこそ、私に会わせたのかもしれない。

初釜用の着物、と言っていたのに、どっちにも決められないからー、と金池さんは帯もあわせて二セット、お買い上げになった。
嫁いだとはいえ父親は代々政治家のあの人、と聞けば納得だ。

「鹿乃子さん。
どうして栄一郎様の作品はあまり世に出ていないのかしら?
もうご高齢であまり作られてないとか?」

出されたお茶を飲みながら、もう友達感覚で金池さんが話しかけてくる。

「あ、えと。
もう七十と歳は歳ですが、本人はまだまだ現役バリバリでいく気なので」

私はといえば、ガチンゴチンに緊張していた。

……もし、粗相とかしたらどうしよう。

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