【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第6章 漸は私の男です3

思いっきり両手で、三橋さんの手を叩いた。
必然、自分の顔にも衝撃が走る。

「昨日、諦めないって約束したじゃないですか。
私が、三橋さんを守ってあげます、って」

「鹿乃子さん……」

「諦めるなんて貴方らしくありません。
言ったでしょう?
貴方に辞書に諦めるなんて言う字はないんだと思っていた、って。
だから――諦めないで」

出そうになった涙は、鼻を啜って誤魔化した。
まだ、最後じゃない。
だからいまは、泣くときじゃない。

「……私は」

覆い被さるように三橋さんが抱きついてくる。

「鹿乃子さんを妻に、したい」

「はい」

三橋さんは、心細そうに震えていた。
そっとその背中へ腕を回し、抱き締め返す。

「鹿乃子さんを妻にしたい……!」

「しましょう、私を妻に。
絶対に私は、ご両親も婚約者にも三橋さんを渡しませんから」

ぎゅっ、と痛いくらい、三橋さんの腕に力が入る。
私も力一杯、彼を抱き締めた。
ゆっくりと彼が離れ、涙で濡れた目で私を見下ろす。
三橋さんの顔が近づいてきて目を閉じた。
重なった唇はなかなか離れない。
しばらくしてようやく、少しずつ離れていく。

「……愛してる、鹿乃子」

ふっ、と僅かに笑った彼はまだ淋しげで、鷲掴みにされたかのようにぎゅっと心臓が締まった。
初めてした彼との口付けはどうしてか、ほのかにしょっぱかった。

タクシーで店に向かう。
ご両親に会えるのは夜だけれど、それまで三橋の店を見学させてもらおうと思う。

「……」

三橋さんは窓の外を見たまま黙っている。
店用の装いなので下にシャツを着たりとかもないし、眼鏡だってシルバーのリムレスだ。
というか、眼鏡も父親から禁止されたんだって。
着物にあわないからって。
酷くない?
いま、テレビに出ている着物姿の男性で眼鏡の人なんて珍しくもないのに。

「……ああ。
すみません」

視線に気づいたのかこちらを向き、小さく笑う。
なんだかそれだけで、泣きたくなった。

「大丈夫です。
私を信じてください」

「そう、ですね」

隣りあう手は指を絡めて握ったまま、離れない。
絶対に、離さないんだ。

銀座でタクシーを降りて、少し早めの昼食を取る。

「ときどき、お客様と来るお店なので大丈夫だと思うんですが……」

メニューの向こうから三橋さんが自信なさげに私をうかがう。
高級なお番菜の店に不満などないし、これは彼が私に美味しいものを食べさせたいのだというのは理解している。

けれど、ときどきお客様と来るってなに!?
そんな親しい客がいるの!?
と一通りムカつきはした。

でもそんな、ホストの同伴みたいなことは彼が望んでいないのはわかっているし、だからこそ味がわからないから不安なのも。

「こういうお店、憧れだったんです」

三橋さんの不安を払うようににっこりと笑う。

「よかったです」

少しだけ、彼が笑う。
こちらに来てからの三橋さんは私の知らない三橋さんで、つらい。
ううん、知らなかったわけじゃない。
これがいつも、三橋さんが傷ついた顔で帰ってくる理由なのだ。

無難に、お昼のコースを頼んだ。
普段なら、これ美味しいですね、これは熱いから火傷に注意ですよ、なんてにこにこ笑いながら食べている彼が、黙ってもそもそと箸を進める。
私がどんなに言葉を尽くしても、彼の不安は取り除けない。
なら私は。

――絶対に三橋さんを奪い取り、金沢の家に連れて帰る。

食事のあとは少し歩き、表通りから一歩入った静かな区画にやってきた。

「ここが、三橋呉服店ですか?」

「はい」

小さなビルの一階には小料理屋が入っているだけで、看板すらない。

「こちらです」

三橋さんと入ったビルの奥には、小さいけれども年代を感じさせないエレベーターがあった。
それに乗り、二階へと上がる。

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