【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第6章 漸は私の男です2

「苦しくないですか」

「はい、大丈夫です」

伊達締めの締め具合を確認し、着物を羽織らせる。

「この着物。
おじい様の手によるものですか」

「……はい」

また、するすると私の身体に手を這わせながら三橋さんは着付けていく。
しかしどうして、一目で祖父のものだとわかったのだろう。

「とても素敵な柄です。
惚れ惚れするほどに」

自分が褒められているわけではないのに、嬉しくて頬が熱くなっていく。
やはり、祖父の作品は最高だ。
あの日、宅間さんには吹けば飛ぶような工房ごとき呼ばわりされたけど。

「苦しくないですか」

「はい、大丈夫です」

伊達締めを締め、三橋さんの手が帯にかかる。
まだ帯を締めていないからこれで決めてはいけないが、それでも凄く上手。
全然、苦しくない。

帯も、手際よく三橋さんは結んでいく。
着付けの姿すら美しいだなんて、つい見とれちゃうよ。

「……!」

鏡越しに彼と目があった。
口端が僅かに持ち上がり、考えていることはお見通しです、なんて顔に、一気に私の顔が赤く染め上がる。

「……くすっ」

小さく笑いながらも、素知らぬ顔で三橋さんは帯を結び続けていた。

……からかわれている。

わかっているけれど、身体の熱はなかなか引かなかった。

「はい、できました」

最後にきゅっ、と帯締めを三橋さんが締める。

「ありがとうございました。
……うわっ、全然きつくない!
しかも綺麗!」

下手な着付けだと変に紐を締めたりして苦しかったりするものだけど、そんなことは全然なかった。
着姿も凄く綺麗だ。

「ありがとうございます。
可愛い鹿乃子さんならいくらでも、着付けて差し上げますよ」

三橋さんは笑っているが、もしかしていままでもこうやって、多くの女性の着付けをしてきたんだろうか。
想像したらムカついた。

「他の女性にもこうやって、着付けをしていたんですよね」

「……そう、ですね」

すっ、と三橋さんが目を伏せ、一気に気持ちが冷えていく。
いままでの話を考えるに、ただの着付けで終わらなかったこともあったのだろう。

「……すみません」

自分の子供っぽいヤキモチが嫌になる。
あんなに三橋さんは店での接客が、苦痛そうだったのに。

「鹿乃子さんがあやまる必要はありません。
それに」

するりと彼の手が、私の頬を撫でる。

「私の可愛い鹿乃子さんは妬いてくれたのでしょう?
ヤキモチを」

彼の両手が私を、上へ向かせた。

「あの、えっと」

素直に言えるわけがない、はい、そうですと。
けれどじっと見つめられ、嘘はつけなくなる。

「……はい」

「……可愛い」

ちゅっ、と額に口付けが落とされた。
けれどそのまま、彼はじっと私を見ている。

「三橋さん……?」

「今日はきっと、不快な思いもつらい思いもたくさんさせると思います。
鹿乃子さんにそんな思いをさせると思うだけでも、つらい」

「……」

「鹿乃子さんが私のものと言ってくださって嬉しかったんです。
とても、とても嬉しかった」

眼鏡の向こうでどんどん、彼の目が苦痛で歪んでいく。

「きっと貴方は今日、私が嫌いになります。
一瞬でも鹿乃子さんのものになれて、よかった」

なんでこんな、これで最後みたいなことを言うのだろう。
昨晩、あんなに言ったのに。

「なに、言ってるんですか!」

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