【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第3章 祖父VS三橋さん3

「親父、無理するなって」

父が祖父を三橋さんから引き離し、空いている場所へ寝かせる。

「とにかく俺は、許さねぇからな……。
うっ」

起き上がろうとしたものの、痛みで顔をしかめて体勢を元に戻す。

「許していただけるように精一杯、努力いたします」

畳に手をつき、三橋さんがあたまを下げた。

「えっ、あたまを上げてください!」

慌ててやめさせようとするけれど、三橋さんのあたまは上がらない。

「努力しようと認めねぇったら認めねぇからな」

祖父は完全にへそを曲げてしまった。
母がコーヒーをテーブルの上に並べたが、全くもってそういう空気じゃない。

「あ、えっと。
そろそろ行きましょうか!
母さん、コーヒー、ありがとう!
ごめんね!」

「いいのよー、いってらっしゃーい」

ほやほや笑いながら母が手を振る。
こういうとき、空気を読んでくれる母はとても助かる。
だから気難しい祖父ともやっていけているんだろうけど。

「ほら、三橋さん!
行きますよ!」

「……」

私に急かされ、渋々ながらも三橋さんがあたまを上げる。

「おじい様にお許しいただけるよう、頑張ります」

「ふん」

祖父に後ろ髪を引かれながらも三橋さんは立ち上がり、私と一緒に家を出た。

「不動産屋さんに行きますよね?
少し早いですが」

わざと少し明るい声を出す。
けれど。

「……このあいだ鹿乃子さんには、私の家の事情を少しだけですがお話ししましたよね?」

シートベルトを締めた三橋さんの声はどこまでも沈んでいた。

「……はい」

一瞬、エンジンをかける手が止まったけれど、かまわずにかけて車を出す。

「私は鹿乃子さんを絶対に幸せにします。
それは神に誓って絶対です。
でも、私の家族は……」

三橋さんは完全に俯いてしまった。
それは諦めるという字が辞書にはない三橋さんには見えない。

「なんで今日はそんなことを言うんですか?
私を絶対に妻にするんじゃなかったんですか」

この、変な空気を振り払いたい。
三橋さんにはあの、強引でなぜか自信満々なのが似合うのだ。
これは私の知っている三橋さんじゃなくて、戸惑ってしまう。

「はい、私は可愛い鹿乃子さんを絶対に妻にします」

三橋さんの顔が上がる。
気持ちは持ち直してくれたかと思ったものの。

「でも私の妻になって、鹿乃子さんが不幸になるのなら……」

けれどまた、みるみる視線が落ちていく。

「三橋さんは私を守ってはくれないんですか」

「守ります!
絶対に。
でも、私の家族は……」

でも、と繰り返す三橋さんに、だんだん苛々としてきた。

「なら、いいじゃないですか。
三橋さんが守ってくれるなら多少の嫌なことくらい、私は我慢できます」

「鹿乃子さん……」

ようやく、完全に三橋さんのあたまが上がり、ほっとしたのも束の間。

「鹿乃子さんは私の妻になると、決めてくださったんですね」

嬉しそうな声で、自分の言ったことに気づいた。

「えっ、いや、私が三橋さんの妻だったら、って仮定の話であって、まだ結婚は断る気満々ですし」

「そんなに照れなくていいんですよ。
本当に可愛いですね、鹿乃子さんは」

私の話など聞かず、三橋さんはくすくすと楽しそうに笑っている。
勝手に決定されるのは嫌だけど、……ま、いっか。

今日も不動産屋さんに二軒ほど、内覧に連れていってもらった。

「日当たりも間取りもいいんですが、なんだか少し淋しい気がします。
鹿乃子さんはどうですか」

「そう、ですね……」

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