【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第2章 可愛い鹿乃子さん6

「ゆくゆくはこのまま、新居になりますが?」

さも当たり前、のように三橋さんが言う。
えーっと、えーっと、えーっと……。

「もう少し、狭くていいんじゃないですか……?」

かろうじて出たのがそれだった。
もう考えたくない、なにもかも。

「……そうですね、広い部屋は私がいないとき淋しいかもしれません。
そういうことなので、もう少し狭めの部屋をお願いします」

「かしこまりました」

そーゆー問題じゃないんですが?
とは思ったが、口には出さなかった。
いや、そういう問題でもあるんだけど。

そのうちいくつか候補が決まったのか、下見へ行く。

「マンションじゃなかったんですか……?」

そういう部屋を見ていたはずだ、確かに。
しかし連れてこられたのはレストランと見まごう、一軒家だった。

「マンションもいいかと思ったんですが、子供が生まれたときを考えると一軒家の方がよくないですか」

担当さんに促されて中に入る。
子育てを考えるなら一軒家の方がご近所迷惑をあまり考えなくていいが、これは仮拠点ですよね?

「こちらのオーナーさんは賃貸も売却も両方考えていらっしゃるから、とても都合がいいんですよ」

うん、と担当男性が頷く。
中古住宅、のわりにはリフォームしてあるのか綺麗で、築年数を感じさせない。
和モダンな室内は素敵で、こんなところに住めたらいいな、なんて不覚にも考えてしまった。

「庭に池があるんですが……子供がいると危ないですね」

縁側から庭に出た三橋さんが手招きする。
そこにはいま水を張っていないが、お洒落なホテルにありそうなコンクリートブロックの池があった。
しかも、ガラスの橋まで架かっている。
が、それはいい。
彼の中ではすでに、子供まで想定済みなんだろうか。

「まあ、そのときは埋めるなり蓋をするなりすればいいですか」

どんどん彼は未来予想図を描いていっているが、私はちっとも共有できない。
そもそもにおいて彼と結婚する未来だって私の中には選択肢としてすら、ないのだ。

「キッチンも広くていいですね。
あ、私ももちろん、料理をしますよ?
こう見えて、けっこう上手いんです。
今度、披露しますね」

「……楽しみにしています」

自慢げな彼へ、曖昧な笑みで返す。
料理をしてくれるのはポイント加算対象だが、どれくらいかが問題だ。
従姉のお姉ちゃんは、旦那が料理してくれるのはいいが片付けはしないから結局なんにもならない、男の料理するは信用してはダメだ、と正月会ったときに言っていた。

一通り見て回り、またリビングへと戻ってくる。

「私は気に入ったんですが、鹿乃子さんはあまり気に入っていないようなので……」

三橋さんは残念がっているが、申し訳ないがどんな部屋、家を見せられたところで、私が満足するとかありえない。
何度もいうがまだ、私の中では彼との結婚は選択肢にすらなっていない。

「あの、とりあえずの拠点ですよね?」

「ゆくゆくは新居ですが」

ええ、そこはどうしても譲らないんですね。
もーいいです。

「結婚が確定したあと、新居は別の家に、なんてことも可能ですか」

「それは鹿乃子さんの希望が第一ですから。
やっぱりここは嫌だとなれば、新しい家を探します」

それを聞いて安心した。
私のせいで無駄金を払わせずに済みそうだ。
いや、とりあえずの拠点を借りるのだって無駄金には違いないけれど。

「なら、とりあえずここを借りませんか?
しばらく利用してみて、やはり気に入らなかったら新居は新しい家を探せばいいですし」

「それはいい考えです!」

私の両手を掴み、三橋さんはキラキラした目でうん、うん、と頷いている。

「けれど一軒目で決めてしまったら、あとで後悔するかもしれませんからね。
ここは仮押さえにしておいてまた次回、来たときに他の候補を見学しましょう」

「次回……?」

「はい、次は五日後に来ます」

……そーかー、来るのかー、五日後に。

なんて私が遠い目をしたのはいうまでもない。

次回の予約をして不動産屋を出た頃には、そろそろ夕飯時になっていた。

「今日はこのあと……」

泊まるのか、帰るのか。
それによって送る場所が変わる。

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