【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第2章 可愛い鹿乃子さん3

「母さん、車借りるねー」

「どーぞー」

玄関から声をかけると、すぐに奥から母の返事があった。
置いてある鍵を掴み、踏みだしかけて、止まる。

「……このままは、ヤバい」

「え?」

ぼそっと呟いた私を、怪訝そうに三橋さんが見る。
今日は一日、どこにも出掛けない予定だったので、よくて近所のコンビニへ行けるくらいのTシャツとハーフパンツ姿だ。
しかも髪は無造作……といえば聞こえはいいが、雑なお団子だし。
こんな格好で顔面偏差値高い、しかもお洒落着物な三橋さんとなんて出掛けられない。

「三十分……いや、十五分、待ってもらえますか?」

「はい?
別にかまいませんが」

「じゃ、そういうことで」

マッハで三橋さんを茶の間へ座らせ、冷蔵庫から出した麦茶を置いて二階の部屋へ引っ込む。

「で、なにを着ますかね?」

三橋さんが着物なら私も着物を着たい。
着たい、が、いつものパパッと適当着付けでも、十五分で着替えから髪のセット、化粧直しまでは厳しい。

「せめて連絡くれればいいのにー!」

なんていまさら、呪ったところで遅いけど。

少しだけ考えて、パステルの着物ブラウスと水色のプリーツスカートの組み合わせにした。
このブラウスは自分で染めて、縫ったものだ。
和裁はこの仕事をはじめるにあたって必要だと思ったので、祖母に習った。
祖母と母は和裁士の資格を持っている。
髪は今度こそ、まともな無造作お団子にして、やはり自分で作ったかんざしを挿す。

「まあ、よし!」

鏡の中の自分にゴーサインを出し、茶の間へ急いだ。

「そうなんですか。
それは羨ましいです」

「だからね、あなたもきっと、大丈夫よ」

三橋さんの声と共に、祖母の声も聞こえてきた。

「お待たせしました」

「いえいえ。
おばあ様が話し相手になってくださったので」

いつのまにかコーヒーが出され、しかも祖母がお気に入りのきんつばまで置いてある。
あれは買ってきても絶対、祖父以外には分けないのに。

「鹿乃子は素敵な人と結婚するんだね」

祖母はすでに決定事項のように話しているが……なんの話をしていた?
ちらりと見た、壁に掛かる時計はどうみてもあれから二十分もたっていない。

「あー、うん。
まだわかんないけど。
ちょっと出てくるね、ばあちゃん」

「では、失礼いたします」

祖母に会釈した三橋さんを急かすように家を出た。
駐車場へ周り、母のものであるピンクの軽自動車へ乗る。

「どこへ行くんですか?」

「少し行ったところのカフェです」

エンジンをかけ、車を出す。
流行の背の高い軽自動車ではない、母の車だと、三橋さんは少し窮屈そうに見えた。
父の車を借りるべきだったか、とも思ったが、納品用も兼ねた父のステーションワゴンは長いので、私の手には余る。

「その服、可愛いですね」

「えっ、あっ、ありがとうございます」

さらりと褒められるのは、なんだか恥ずかしい。

「もしかしてご自分で作られたのですか」

「ええ、はい。
でも、どうしてわかるんですか」

この着物ブラウスは一見、柄さえ除けば浴衣の裾を切ったようにしか見えない。
だからこれを着て回っても、浴衣のそういう着こなし方としか見られないのに。

「そうですね、微妙に着物の仕立てとは違う気がするので」

……ビンゴ。
細かいところでいえば衿の繰りなんか調整してあるし、大きなところだと身八ツ口は開けていない。
作りは甚平の袖の振りが大きいもの、といったところか。
これも私と、例のコスプレ好き友人とでの研究結果だけど。

「よく見てらっしゃるんですね」

「そりゃもう。
なんていったって、可愛い鹿乃子さんが着ていらっしゃるんですから」

私を見て、にっこりと三橋さんが笑う。

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