【完結】あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳

第1章 私の妻におなりなさい5

そこからはもう、本当に揉めに揉めた。
親としては私に苦労させたくないのはわかる。
けれどこれで、私の思い出が、それまで続いてきたこの家の歴史が終わってしまうようで、嫌だった。

「お前が一人前になる頃には、着物を着る人なんていなくなってるわ!」

父の主張はわかる。
でもそれならば。

「もっと着物が普及するように頑張る!
それに私には祖父ちゃんのようなセンスも、父さんのような高い技術も無理だって知ってる。
それでも、どんな形でもいいから、有坂染色を残したい」

祖父は私の絵を見て将来有望な跡取りなんて喜んでいたが、美術の成績はいつも地を這っていた。
手先だってお世辞にも器用ではない。
でも家庭科、特に裁縫が壊滅的だった友人は、下手は下手なりになんとかなると、そんな成績が嘘のようなコスプレ衣装を作っている。
なら、私だって頑張ればなんとかなるはず。

「……わかった」

ずっと黙って私たちの言いあいを見ていた祖父が唐突に口を開き、ふたりとも祖父の顔を見ていた。

「鹿乃子の好きにさせてやれ。
鹿乃子ひとりの食い扶持くらい、俺が稼いでやる」

「親父!」

父が抗議の声を上げる。
けれど祖父はよっこいしょと腰を上げ、これで話は終わりだとばかりに邪険に手を振って茶の間を出ていった。

「……はぁーっ」

父は口から重いため息を落とし、上げかけた腰を下ろした。

「じぃさんがああ言うから認めてやる」

「やった!」

これで、手放しで喜んでいいわけじゃないのはわかっている。
それでも許可が下りて上機嫌になった。

「でも、俺の跡は継がせない」

しかし父は、すぐに私の気持ちをへし折ってくる。

「なんで」

「こんな借金だらけの工房、継いだところでしょうがないだろうが」

「……」

売り上げは右肩下がりで、経営が苦しいのは知っていた。
だから後継者として若い職人を雇えないのも。

「お前はお前のやりたいことをやれ。
そして経営者の苦しみを味わえ」

しっしっしっ、なんて意地悪く笑っている父は、それが本音……だとは思いたくない。

それから約二年。
会社勤めをしながら準備を整え、この春に私は自分の工房を開いた。
だから相手が誰であろうと結婚なんてまだまだ先の話だし、それにここを離れるわけにはいかない。

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