【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

番外 君が眠っているあいだに

俺の膝の上で彼女が気持ちよさそうに寝息を立てる。
その両頬は痛そうに腫れ上がっていた。

「……許せない」

俺の清華をこんな目に遭わせたヤツ、全員。

「ちょっと出てくるが、すぐに戻ってくるからな」

布団をかけ直し、そっとその唇に口付けを落として病室を出る。
待たせてあった車で向かう先は久礼の家。
行き着くまでにある先へ電話を入れた。

「お世話になっております。
先生が最近、変わったペットを飼っていると小耳に挟みまして。
……土蜘蛛、でしたか」

電話口で相手が息を飲むのがわかったが、かまわずに続ける。

「私の妻がそのペットに大変可愛がっていただいたので、お礼をと思いまして」

受話器の向こうから返事はない。

「……ただで済むと思うなよ」

ドスを利かせてそれだけ言い、電話を切る。
切れる直前悲鳴じみた声が聞こえていたが、知るか。
あの議員が土蜘蛛組と組んで私腹を肥やしているのは知っていた。
清華には言わなかったが、今回の件も政敵である久礼を陥れたいがために画策されたものだったのも。

父にはすでに連絡を入れてある。
きっと明日には彼の失脚のニュースが出るだろう。
あの男が失脚すれば、それでなくても大混乱中の土蜘蛛組もただではいられない。
きっと……潰れる。
ざまあみろだ。

「零士様!」

俺の突然の訪問で、久礼家は大騒ぎになっていた。
久礼は神鷹の分家ではあるが、本家には頭が上がらない。
それどころかなにかあれば簡単に取り潰されてもおかしくないくらいだ。
こんな状況でその、本家次期当主の俺が来たのだ。
パニックになるのは当然だろう。

「このたびは娘がとんだ粗相を……!」

俺を応接室へ通し、鞠子の父親――久礼が畳に額を擦りつける。
それを醒めた目で見ていた。

「娘には重々、言って聞かせますので……!」

部屋に鞠子はいない。
きっとまだ帰ってきていないのだろう。
もっとも、この状態で帰ってこられるとも思っていない。

「言って聞かせて終わりか?」

「え……」

みるみる久礼の顔が青くなっていく。

「鞠子は清華の優しさにつけ込んだ。
優しい清華の心を踏みにじったんだ。
これがどういうことかわかるか?」

「も、申し訳ありません……!」

再び久礼は畳に額を擦りつけ、ガタガタと震えていた。
人の心のわからない傲慢な鞠子。
そして彼女を育てた親。
こんな家――こんな世界、滅べばいい。

でも、俺が鞠子に報復すれば、清華は自分のせいだって悲しむんだろうな。
俺の愛する女はそういう人間だ。

「清華に免じて今日のところは許してやる。
ただし、最大限の誠意は見せろ」

「はいぃぃぃっ!
寛大なご処置、ありがとうございます……!」

また久礼が畳に額を押しつける。
寛大?
誰がだ。

「キサマは感謝する相手を間違っている」

「は?」

「帰る」

わけがわかっていない久礼を無視して屋敷を出る。
きっとこれで久礼は勝手に自滅するだろう。
溜飲が下がったわけではないが、これ以上はもういい。
それにこの狭い世界、あっというまに話は広がる。
必然、鞠子は報いを受けることになる。

「清華のおかげで命拾いしたんだ、感謝しろ」

ぼーっと流れていく窓の外を眺めた。
鞠子も、あの古手川とかいう男も、清華を傷つけたヤツは死ねばいい。
でもそれだと……清華が悲しむ。
俺は清華を泣かせたくないのだ。
だから、清華の願いは叶えてやる。
ただし、清華に救われた恩を忘れるヤツは今度こそ……滅ぼす。

「ただいま」

眠る清華の目尻に涙が溜まっていた。

「どうした?
怖い夢でもみているのか?」

指先でそっと、その涙を拭ってやる。
初めはこの、熱く夢を語る少女がそれを実現する様が見たいと思っただけだった。
しかし父親から、努力を重ね、自力で頑張る彼女の様子を聞いていたら、だんだんと惹かれていた。
結婚してからは、俺を、周りを気遣う姿にさらに。

清華は人の悪口を言わない。
自分がどんなに、不快な目に遭っても。
酷い目に遭わされても、事情があったのなら仕方ないと許してしまう。
自分はあんなにも酷く、傷ついているのに。
その姿はいじらしくて、愛おしい。
それだけじゃない、自分でできることは自分でやると周りに――俺に甘えない。
そういう強い一面は淋しくもあると同時に惚れ直した。

俺の優しい清華。
人のことばかり考え、優しすぎて自分が傷ついているのに気づかない。
なら――。

「俺が全力で、清華を守る」

なにかを探すように動く清華の手を握ってやる。
俺の手を強く握り返し、彼女は安心したかのように息を吐き出した。

「おやすみ。
マイ、フェアレディ。
よい夢を……」


【終】

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