【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

第八章 零士さんを愛してる7

「おおこわ」

しかし男は、肩を竦めただけだった。

「まあいいわ。
……それで」

咳払いして気持ちを切り替えたのか、鞠子さんが私に向き直る。

「清華さん。
零士さんと別れてちょうだい」

「……はい?」

あまりも予想どおりすぎて首が斜めに傾いた。

「あなた、そんな顔をして私をバカにしてるの!?」

鞠子さんの声がキィキィと頭に響く。
バカにしているつもりはないが、間抜けな顔をしている自信はあるので申し訳ない。

「だいたい、あなたなんて零士さんと釣り合わないのよ!」

「まあ、……そうですよね」

それは残念ながら自覚はある。
私は神鷹一族ではないし、父はメガバンクのCEOとはいえ神鷹家に頭が上がらない。
私自身、大学は卒業したが被服科と三流だし、家と離れてひとり暮らしをしていたのもあって良家の子女としての教養もほぼついていない。
そんな私が零士さんと釣り合わないはわかっている。
ただしそれは、〝皮〟の話だ。
中身はそうではないと思いたい。

「わかっているならいいのよ、わかっているなら。
なら、零士さんと離婚なさい!」

勢いよく鞠子さんの指が鼻先に突きつけられる。
それをじっと、睨みつけた。

「どうしてあなたに命令されないといけないんですか?
零士さんならともかく」

彼から別れたいと言われたのなら、それは私も考える。
でも他人にとやかく言われる筋合いはない。

「零士さんはお優しいから、言えないだけだってわからないの!」

感情的になって鞠子さんが叫ぶ。
わかっていないのは彼女の方だ。
零士さんは優しいが、こんな残酷な嘘はつかない。
別れたいと思った時点で、真摯に自分の気持ちを伝えてくれるはずだ。

「わかりません。
零士さんをわかっていないのはあなたの方です」

真っ直ぐに彼女の目を見て答える。
次第に彼女の顔が赤く染まり、わなわなと震えだした。

「この、下等生物が!」

ひと言叫んだのを皮切りに、次々に自慢が出てくる。

「こんな下等生物にこの私が劣っているとでも!?
大学でミスを務めたこともあるこの私が!
神童と崇められたこの私は、頭脳容姿共に誰よりも優れているのよ!」

髪を振り乱し喚き散らす様は、元ミスキャンパスも形無しだ。

「私は分家とはいえ、神鷹の一族なのよ!
お父様には次の総理が約束されているし、誰も逆らえないの!
あなただって!」

キャンキャン吠える鞠子さんがうるさい。
自分自身の自慢はまだいいが、家の話はうんざりする。

「お茶もお花も満足にできない、顔だってブサイクだし、家は二流で大学は三流。
こんな女よりも私の方が将来のためにもいいってなぜわからないかしら、零士さんは?」

頬に手を当て、はぁっと物憂げに彼女はため息を吐き出した。
そのあたりは私も知りたいところなので、ぜひ零士さんに聞いてもらいたい。

「あなたなんかよりこの私と結婚した方が零士さんのためになるの。
それはわかるでしょう?」

そこから滾々といかに自分が零士さんの役に立ち、私が足枷になるのか、愚かな生徒に言い聞かせるように説明された。
それを、完全に醒めて聞いていた。
わかったのは、鞠子さんにとって零士さんはただのブランド。
ただのファッション。
彼女が必要なのは零士さんの地位と権力、それにその容姿だけで、中身は関係ない。
一億歩譲って彼女が、零士さんが好きだから別れてくれというのなら少しくらい考えてもいい。
しかしそんな、彼の皮だけが欲しい人間なんかに、彼を絶対に譲らない。

「そろそろわかってくれたかしら?」

話しすぎて喉が渇いたのか男からペットボトルを受け取り、鞠子さんは中身をごくごくと流し込んだ。

「そうですね、私はあなたが嫌いだというのだけはわかりました」

さっと鞠子さんの顔に朱が走る。
手を振り上げかけたが、男が近寄ってきて何事か耳打ちし、やめたようだ。

「そうでしたわ。
あなた、これを見てもまだ強情を張れるかしら?」

男が携帯を私の目の前に持ってくる。
ご丁寧にも画像をスライドさせて、何枚か見せてくれた。

「これがどうかしたんですか?」

「……え?」

予想外の答えだったのか、鞠子さんが目を大きく見開く。

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