【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

第八章 零士さんを愛してる3

「……もうダメです」

両手で零士さんの唇に触れ、軽く押す。

「残念」

小さくふふっと笑い、零士さんは顔を離した。

「休憩ありがとうございましたー」

そのタイミングで社員さんたちが戻ってくる。
休憩、って?

「来たときにお茶休憩してこいって言ったんだ」

私が怪訝そうなのに気づいたのか、零士さんはそう言ってウィンクした。

「では、再開しても?」

「あー、その前に。
これ、俺も着ていいか?」

零士さんの親指がくいっと、トルソーにかかっている自分の衣装を指す。
すぐにでも本縫いに進めるそれは、今日のために仮縫いのままにしてあるがもう調整は済んでいる。
なのにまた着るんですか?

「一緒に並んでみた方がバランスがわかるだろ」

それは零士さんの言うとおり、かも。

「えっと。
……いい、ですか?」

これは余計な仕事を増やすことにならないかと思いつつ、それでも社員さんに聞いてみる。

「いいですよ。
それにこれ、社長が着ているところ、見てみたいです」

女性陣からきゃーとか悲鳴が上がっているところからいって、ここでも零士さんは人気みたいだ。
なんか複雑……。

零士さんも私が着替えた簡易更衣室で着替える。

「どうだ?」

「素敵です!」

出てきた途端、黄色い声が飛ぶ。
それにむっとしてしまうのって、……心が狭いのかな。
でもお稽古のときは零士さんの取り合いを苦笑いで見ていられるのに、ここではダメなのはなんでだろう?

「マイ、フェアレディ?」

零士さんが再び恭しく差し出す手に自分の手をのせる。

「バランス的にどうだ?」

「いい、いい、最高です!」

「社長が替わってよかった!」

「フロックコートの社長、最高です!」

バシャバシャと携帯のシャッターが切られまくる。
それって絶対、私たちに見せるためじゃないですよね……?
……あとで全部回収したい。
なんて思っている私は確実に、心が狭いというか、零士さんとどっこいどっこいだ。

「君らそれ、あとで全部没収の上消去な」

命じた零士さんは冗談めかしていたが、眼鏡の奥の目はまったく笑っていない。

「ええーっ、パワハラですー」

「君らが可愛い清華の画像を悪用するとは思っていないが、どこから漏れるかわからないからな。
あと」

言葉を切った零士さんは私と目を合わせ、私にだけわかるように右の口端を僅かに持ち上げた。
おかげで顔が、火がついたかのように熱い。

「俺の画像を他の女が持っているのが、俺の妻は許せないらしい。
だからすまんな」

零士さんが彼女たちにウィンクし、悲鳴が上がる。
彼女たちと零士さんが気安い関係なのは私個人としては嬉しくないが、会社のあり方としてはとてもいいと思うので我慢しよう。

零士さんの手を借りて、少し歩く。
彼の支えがあっても、歩くのが酷く怖い。

「そんな状態なら、もっと低い踵のにしたら……」

「ダメです!」

間髪入れず、零士さんの提案を断った。

「このドレスを一番綺麗に見せるにはこの高さが必要なんです!
そのためならどんな努力だってします!」

憧れだった長いトレーン。
背の低い私には似合わないのは知っていた。
それでもどうしても着たくて、このヒールを選んだ。
それに結婚式くらい……零士さんと釣り合いたい。

「そうやって服に情熱を注ぐ清華、可愛い」

零士さんの腕が腰に回り、あれ?とか思っていたら唇が重なった。

「それにいつもよりキスしやすいのもいい」

しれっと零士さんは笑っているが、今は人前なんですよ!?

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