【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

第四章 素敵な結婚式の計画8

今日は少し早い時間に零士さんは帰ってきた。

「ただいま、清華」

「おかえりなさいませ」

零士さんの唇が私の額に触れる。

「すぐに食事の用意、済ませちゃいますね」

「慌てなくていいからな」

彼が着替えに行くのを視界の隅に収めながら、キッチンへと向かう。
今日の夕食は豚バラとポン酢のさっぱり炊き込みごはん、マグロカツに明太マヨ玉子焼き、それとかき玉汁とナスの揚げ浸し。
帰る時間は連絡をくれたので、あとはカツを揚げ、盛り付けて出すだけでいい。

「美味しそうだな」

ほくほく顔で零士さんが食卓に着く。

「お口に合えばいいんですが」

「清華が作ってくれたってだけでごちそうだって言っただろ」

零士さんが箸を取り、口に運ぶのをどきどきとしながら見つめる。

「うん、美味しい」

眼鏡の下で目尻を下げ、実に嬉しそうににぱっと彼が笑う。

「……よかったです」

熱くなった顔に気づかれたくなくて俯いた。
……零士さんが笑うだけで嬉しくなっちゃうのって、――変、なのかな?

「清華は料理、上手いんだな。
前のビーフシチューも美味しかった」

「上手いだなんて、そんな。
人並みなだけですよ」

零士さんは美味しいと喜んでくれるが、メイドさんほどの腕があるわけではない。

「作れるだけ凄いよ。
俺はまったくできないからな」

マグロカツを箸で摘まみ、ぱくりと彼が口へ入れる。
何人も使用人がいるような家で、料理をする必要はない。
しかもそれが男性ならば。
父だってまったく、料理はできなかった。

「俺ができないことができる清華、尊敬する」

「え、尊敬なんてそんな」

零士さんは真剣で、料理ごときで……なんて言っちゃいけないんだろうな。

「俺と違って清華は料理ができるだろ、服も作れる。
優しいし、俺はやはり最高の女と結婚したんだなって思う」

箸を止め、真っ直ぐに彼が私を見つめる。
私も箸を置き、それを見つめ返した。

「最高だなんて褒めすぎです。
零士さんだって優しいし、私の願いをなんでも叶えてくださるし、素敵な旦那様にもらわれたんだなって私も思います」

眼鏡の奥で目尻を下げ、零士さんが私に微笑みかける。

「俺たちは最高の夫婦だな」

「そうですね」

私も自然に笑顔になっていた。
――最高の夫婦。
零士さんの言うとおりだと思う。
知らない人と結婚だなんて不安ばかりだったけれど、この人で本当によかった。

「あとは清華が俺のことを好きになってくれたら申し分ないけどな」

「あ、えと」

右の口端だけを僅かに持ち上げた零士さんは、また箸を取って食べはじめた。

「その。
……もうちょっとだけ、待ってください」

結婚してひと月半ほどがたったが、私が零士さんと過ごしたのは二週間にも満たない。
それでも私には零士さんを好きになっている自覚がある。
もう少しすればもっと、――きっと零士さんが望むほどに深く、好きになれると思うから、待っていてくださいね。

食事のあと、ずっと寝室の机の上に飾ってあったルビーのピアスを零士さんは持ってきた。

「これを、俺の買ったピアスと変えよう」

「はい」

零士さんの指が、私の耳のファーストピアスを外す。

「痛いか?」

「もうまったく」

少しだけ心配そうに顔をのぞき込んだ彼に、笑って答える。

「なら」

ケースからピアスを取りだし、零士さんはキャッチを外した。
左の手が穴を広げるように僅かに右の耳朶を引っ張り、そっとピアスが差し込まれる。

……なんか、変。

ピアスなんてただのモノ。
でもなぜか、いけないことをしているかのように心臓が高鳴った。

「もう片方も」

同じように左耳にも零士さんの手によってピアスが装着される。

「……綺麗だ」

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