【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

序章 最低だけどちょっとだけよかった誕生日4

「家はどこだ」

「えと……」

私の言葉どおりにお兄さんはナビをセットし、その指示どおりに走った。
一度はお兄さんのおかげで解けた気持ちだが、家が近づくにつれてまた緊張してくる。

「大丈夫だ、俺が上手く言ってやる。
あとは俺に話したように、自分の気持ちを父親に伝えろ」

敷地の手前で一度車を止め、慰めるようにお兄さんが頭をぽんぽんしてくれる。
それでもガチガチでぎこちなく私が頷き、お兄さんははぁっと小さくため息を落とした。

「これは上手くいくようにおまじないだ」

お兄さんが動いた気配がして、そちらを見る。
伸びてきた手が前髪を掻き上げ、露わになった額に口付けが落とされた。
瞬間、火でもついたかのように全身が熱くなった。

「きっと上手くいく。
だから頑張れ」

再び車を出し、お兄さんは家の敷地へ入っていく。
玄関前に止まると同時に、父をはじめ家のものが大慌てで出てきた。
いつまでたっても帰ってこないし、携帯も繋がらないので捜索願いを出す寸前だったらしい。
ちなみに携帯は家を出たときから電源を切ってある。

「お父さんと喧嘩して帰りづらかったようです」

促すようにそっと、お兄さんが私の背中を押す。
それで少しだけ勇気が出た。
父は喜びと怒りの混ざったなんとも言えない顔をしている。
それだけ心配させたのだと、考えなしな自分の行動を後悔した。

「娘さんから話は聞きました。
娘さんの夢にかける情熱は本物です。
どうか怒らずに話を聞いてやってください。
私からもお願いします」

父は何事か言おうと口を開いたが、私のために真剣に頭を下げるお兄さんの態度を見てすぐに閉じた。

「娘を保護してくださり、ありがとうございました」

両親のお礼がしたいとの申し出を辞退し、お兄さんは帰っていった。

清華きよか

父に呼ばれてびくりと大きく身体が震える。
また怒鳴られるんだろうかと身がまえたが、リビングで向かいあって座るように言われただけだった。

「お前の話を聞かず、頭ごなしに怒鳴って悪かった」

父が私に頭を下げる。
それに対して首を横に振り、私も頭を下げた。

「私もきちんとわかってもらおうとせず、悪かったです。
すみませんでした」

「もう一度きちんと、どうしてお前が服飾系の学校へ行きたいのか説明してくれるか」

「はい。
じゃあ……」

今度は静かに父が頷き、私も冷静に話しだした。

……結局。
高校はこのまま、内部進学することになった。
服飾系の学校へ進んだら大学進学が難しくなってくるからと言われれば納得するしかない。
これから先の人生、学歴は必要だ。
私のためだけじゃなく――将来の旦那様のためにも。
そういう世界に生きているのだから、仕方ない。

その代わり、大学は私の進みたいところに進んでいいと許可が出た。
さらにその先、二十五歳までの自由も。
なぜ二十五なのかとは思ったが、母が父と結婚したときの年が二十五だったそうだ。
照れながら父に言われ、それ以上なにも言う気はなくなった。



――あれから十年。
大学は被服科があるところへ進んだ。
思い切ってひとり暮らしもはじめたし、父の説得もあって学費と生活費は出してもらったが、遊ぶお金はアルバイトで稼いだ。
家の後ろ盾がない状態で、どこまでひとりでできるのか試してみたかった。

二十五歳までの期限付きは就活で重い枷となったが、それでも人に恵まれて採用してもらえた。
充実した二年と少しの社会人生活を送り、私は父との約束の誕生日を迎えようとしている。

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