【完結】政略結婚のはずですが?~極甘御曹司のマイフェアレディ計画~

霧内杳

序章 最低だけどちょっとだけよかった誕生日2

お兄さんがにっこりと私に笑いかける。
途端に父と喧嘩して家を飛び出てきたのだという現実を思い出した。

「じゃあ」

「あの!」

去ろうとする、お兄さんのベストのベルトを思わず掴んでいた。
ぴたりと足を止め、お兄さんが振り返る。

「えっ、あっ、……なんでもない、です」

適当に笑って誤魔化し、ベストから手を離す。
お兄さんは額に手を当てて大きなため息をつき、二、三度頭を振ったあと私の顔を見た。

「……もしかして家に帰りたくないのか」

レンズの向こうから私を見つめる瞳は嘘を許してくれそうにない。

「……はい」

今度は腰に手を当て、再びお兄さんが大きなため息をつく。

「とりあえず、理由を聞いてやるからどこか入ろう」

「あっ、はい」

お兄さんに促され、歩きだす。
背が高いからか歩くのが速い。
追いつくのに必死だ。
唐突にお兄さんが足を止め、顔をぶつけそうになった。

「ここでいいか」

お兄さんが親指でさした先にはカフェがあり、頷いた。

店で店員は奥の席を案内したのに、お兄さんは入り口に近い席を希望した。
さらに私を入り口側に座らせたのは、もし私がお兄さんに恐怖を感じたときに逃げやすくするためだろうか。

「なんでも頼め」

メニューを開き、私に勧めてくる。

「……紅茶、で」

「わかった。
……すみません」

すぐに店員を呼び、お兄さんは注文をした。

「……で。
どうして家に帰りたくないんだ?」

テーブルに肘をつき、軽くこちらに身を乗りだしてくるお兄さんの態度は真摯に見えて、口は滑らかに動く。

「父と高校の進路で喧嘩をして」

「具体的には?」

そんなことで、とか呆れられるんじゃないかと思ったが、お兄さんはさらに先を促した。

「今、大学まで一環の女子校に通っているんですが、私は夢を叶えるために外部の高校に進みたくて。
でも父から反対されました」

「夢って、どんな?」

頼んだ飲み物が運ばれてきたがそれには手をつけず、お兄さんがさらに聞いてくる。

「私、服を作るのが好きで。
将来、自分のブランドを立ち上げたいんです。
それで服飾系の学校へ進みたいんです」

「服飾系、ね……」

体勢を解き、お兄さんはカップを口へ運んだ。
夢物語を、なんて父と同じことを言って笑うんだろうか。
不安で不安で次の言葉を待つ。

「君はどれくらい、それに本気なんだ?」

カップをソーサーに戻し、今度は片肘をテーブルにのせてお兄さんは私へと身を乗りだした。
レンズの向こうから見つめる瞳は私を試している。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと私は口を開いた。

「私は……」

「うん」

自分でできる限りの勉強をしていること。
もし服飾系の学校へ進めたらそちらの勉強はもちろん、父の望む勉強もしっかりやること。
服飾系に進めなくても服作りは止めず、独学でも努力を続けていくこと。
そんな内容を自分の持てる精一杯でお兄さんに話す。
お兄さんはときどき相槌を打つ以外は黙って私の話を聞いてくれた。

「よし、それをそっくりそのまま父親に話せ。
きっとわかってくれるはずだ」

「え……」

お兄さんは大丈夫だと頷いているが、本当にそうなんだろうか。
だって父は私の話など聞かず、頭ごなしに怒鳴って……違う。
父には確かに反対されたが、先にヒステリックに叫んだのは私だ。
だから父は売り言葉に買い言葉ではないが、怒鳴り返すしかなかったのだ。
感情的にならず、こうやって誠心誠意自分の気持ちを伝えていれば、父も理解くらいはしてくれたかもしれない。

「はい、そうします」

「うん」

眼鏡の奥で目尻を下げ、お兄さんが満足げに頷く。
その顔にドキッとした。

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