狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海

鳥籠から出るために②


  けれどもそれらを口にできるほどの冷静さなど、今の美桜には微塵もない。

 それほどに頭の中は混乱を極めていた。

 そこへ再び男の声が思考に飛び込んでくる。

「助けた礼をしてくれるんだろう?」
「……は、はいッ」

 混乱しつつも、男に礼を返したいという気持ちはあるので、ほとんど脊髄反射的に返答していた。そこへ。

「だったら俺に着いてこい。飽きるまで傍に置いてやるから精一杯励め。それが嫌なら、ここに残ればいい。これまで通り、家の駒として、あの変態代議士の家に嫁に出されて、散々いいように弄ばれるだろうがな。どうするかは自分で決めろ。俺はどちらでも構わない」

 間髪入れずに返された男からの言葉は、抑揚のない淡々とした声音同様、感情の一切こもらない、冷淡ともとれる決然としたものだった。

 一歩間違えれば、相手に脅迫されているととられかねないものだ。

 この男が自分の置かれた状況を把握していることにも驚かされたが、そんなことよりも、これからの自分の行く末を第三者に突きつけられ、どうにもやるせない心持ちになってくる。

 けれどもどういうわけか、この男の纏っている独特な雰囲気に圧倒されはしても、嫌悪感も恐怖感も、まったく感じられない。

 さっきこの男が立ち去ろうとするのを引き留めようとした際にも、そうであったように。

 どこか懐かしさを感じてしまったこの男と、このまま別れてしまうのが嫌だと心が訴えかけてくる。

 もしかしたら、ただ単純に、貞操の危機を救って貰ったからかもしれないし、優しい表情と無邪気な笑顔を見てしまったからかもしれない。

 でも、初対面で名前さえも知らないこの男に、このまま縋っていいものかと躊躇してしまう気持ちだってある。

 なのに、これまで自分の意思を通したいと思ったことも、意思を問われたことさえもなかった反動だろうか。

 少々強引ではあるが、どうしたいかをちゃんと自分の意思で決められるように導いてくれている。

 美桜にはそう思えてならなかった。

 そんな男に対してちゃんと応えたいと思うのだ。

 知らず識らず美桜の口からは思ったままの言葉が零れ落ちていく。

「……でも……迷惑になるんじゃ」

 そこまで口にしてしまってから、ハッとする。

 本音を曝け出してしまったことに驚きを隠せないでいる美桜に対し。

「ということは、俺に着いて来る気があるってことだな」

 口元に微かな笑みを湛えた男が、相変わらず強い眼差しで射貫くように見据えつつ、問いかけてくる。

 コクンと僅かに顎を引くことで意思表示した美桜に、強引な言葉を放つやいなや。

「だったら、ゴチャゴチャ言ってねーで、さっさと行くぞ」

 男はそのまま美桜の身体を軽々ひょいと左肩に担ぎ上げてしまう。

「……え? ちょ、キャッ!?」
「暴れるな、でないと落ちるぞ」
「////ーーッ!?」

 驚愕してバタバタ手足をばたつかせる美桜のことを笑み交じりの低い声音で咎めると同時。担いだ美桜の尻を鼓でも打つかのようにパチンッと軽く叩くと、羞恥に見舞われ真っ赤になった美桜が身を縮めたところで、男は今度こそ和室を後にしたのだった。

「狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く