ロリータ・コンプレックス

下之森茂

(11/17) 知らない知り合い。

「あれ?」


コータがリナとはぐれたことに気づいたのは、
会計のためにレジに向かうときだった。


「車は入り口近くだし、大丈夫…かな。」


12歳なら迷子になっても、
自分でなんとかできる年齢だ。


――と思ったが、
12歳のころの自分を思い返せば
いつまで経っても自分を迷子と認めず、
躍起やっきになって家族を探し回った
恥ずかしい記憶がよみがえった。


――さっさと会計を済ませよう。


コータはそう考えてレジに向かうと、
女性店員に呼びかけられた。


「ムシくん?」


虫崎むしざきコータをそう呼ぶひとは限られている。


コータは相手の顔をチラと見て、
背中にワっと汗が湧き出た。


「や、矢那津やなつ…さん。」


「おーやっぱそうじゃん。
 ひさしー。てか変わってないねぇ、ムシくん。」


十数年ぶりの対面。
高校時代の同級生は当時のままの明るい髪で、
大きな目をした美人だった。


「あっ…。」財布を取り出す手が震える。


コータは引きこもりだが、
外出を積極せっきょく的にしないだけで
日常生活はこうしてそれなりにできている。


しかし忘れていた。
外には昔の自分を知るひとがいる。
それを恐れていたことを。


矢那津やなつアイはコータにとって、
一番会いたくない人物だった。


「いまなにやってんの?」


「あっ…買い物…です。」


「知ってるー。仕事だって。」


「えっ…。あの…。」


「キョドってんの? なに?」


「いえ…。すっ、すみません…。」


「おじさん! 勝手にどっか行かないでよ。」


そこへはぐれていたリナがけ寄ってきた。
しれっとお菓子をカゴに入れた。


「えっ? ムシくんの子供?
 にしては…なに…? お小遣こづかいあげてるやつ?
 ははーん、もしかして誘拐ゆうかい?」


ちがっ…。」


矢那津やなつ冗談じょうだんめかして言われたが、
即座に否定しようにも言葉が途切れた。


「おばさん! コータのなに?
 客に対して失礼過ぎない。」


「お…?」リナに言われて矢那津やなつの顔が引きつる。


「…すみません。ごめんなさい。」


コータは頭を深く下げ、
コイントレーに新札を置くと、
ケンカごしのリナのくちをふさいで
サッカー台へと逃げた。

「ロリータ・コンプレックス」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く