青も虹も黒

先導ヒデ

家での出来事 (11/73)

 11
  
「帰り遅くないか。」
 父親が時計を見ながら言う。
 始まった。
 時刻は夜の8時。自分と父親がテーブル椅子に座り食事をしている。母親はご飯を食べ終え、リビングのソファに座っている。
 いつも自分はこの時間にはご飯を食べ終え2階にいるのだが、今日は少し帰りが遅れ19時15分だった。そこからお風呂に入った影響でいつもより30分ほど夕食を食べる時間が遅れた。そして、仕事から帰って午後8時頃に夕食を食べる父と時間が重なってしまった。
「部活して友達と話してたら、この時間になっちゃうのよ。」
 妹が家に帰るのはいつも遅い。しかし、今日はいつもよりだいぶ遅い。たいてい父が帰ってくるよりも早く妹が帰ってくる。よりによって今日は父がいつもより少し帰りが早いし、妹も帰ってくるのが遅い。
 これから起きることは嫌でも想像できる。できれば、自分が部屋に戻ってから妹が帰ってきて欲しい。
 玄関が開く音がする。僅かな望みも無くなった。ご飯を食べる喉が詰まって飲み込みにくくなる。妹がただいまは言わずに、リビングに入り台所へ行く。いつも家に帰ると台所へ行き、冷蔵庫の麦茶を飲む。
「おかえり」
 テレビを見ていた母親が妹の方に顔を向ける。
「ただいまー。」
 妹が返す。いつもの光景だ。しかし、今日はいつもと違って父親がいる。
「帰り遅くないか。」 
 さあ、地獄が始まった。
「今日はたまたま少し遅くなっただけだし。」
 険悪な空気が流れている。嫌な予感しかしない。早くこの場から消えたい。
「なんか悪いやつと絡んだりしてるんじゃないんだろうな。」
 終わった。
 どうしてこういう言葉を言うのだろうか。
「は?そんなわけないじゃん。」
 妹がコップを机に強く置いた音が聞こえる。
そしてリビングを出て自分の部屋のある2階へ向かう。階段の一歩目が強く踏んだ音が聞こえた。2歩目以降は階段の音は小さくなった。
「なんだ、その態度は!」
 父親が大声で言い放ってこの争いは終わった。しかし、自分が部屋に戻るまで地獄は終わらない。1秒でも早く自分の部屋に戻りたい。残りのご飯を急いでいる事を気付かれないようにかきこむ。
「ごちそうさまでした。」
 テーブルの上のお皿を流しに持っていく。これでやっと部屋に戻れる。リビングの出口の方だけを見て歩く。
「今週記録会なんだっけ。」
 リビングを出ようとしたところで父親が話してきた。少し動揺したが、そう言う素振りを見せず、自然な動きで父の方を向く。
「うん。土曜日に記録会。」
「種目は?」
「5000m。」
「そっか。頑張ってな。」
「うん、ありがとう。」
 そう言って2階へ向かう階段を駆け上がった。心臓の鼓動がはやくなっているのを感じる。
 夕食を食べ終え、ベッドの上にSNSを見ながら横になる。スマホの時刻を見ると午後8時17分になっていた。ようやく心を落ち着けることができる。先程の父親と妹のやりとりでかなり精神をやられた。イヤホンで音楽を聴き、家庭の物音は一切排除する。
 父親は年頃の娘に対して何を言っても無駄だということをわかっていない。犯罪や本当に取り返しのつかないこと以外以外はなんとか我慢をすべきなのだ。
 確かに娘が心配なのはわかる。
 だが、自分が産んだのだから、そこは我慢すべきなのだ。そのことも考えずに子供を産み、今のような状況になるのでは、ちょっと自分には耐えられない。
 自分には中学2年の妹と大学1年の姉がいる。姉は東京の大学で1人暮らしをしている。
 これでも昨年よりはましだ。昨年は中1の妹と高3の姉もいた。悲惨な日々だった。母親と父親の争い、姉と母親、姉と父親、妹と父、可能な限りほとんどの組み合わせで争いをしていた。それでも、妹と母、姉と妹の争いがほとんどなかったのが救いだった。
 しかし、こんな家族でも姉が第1志望の大学に合格したとき、父母と姉が今にも抱き付かんとばかりに喜んでいたのだから訳がわからない。
 そして妹がバスケの新人戦や中体連の大きな大会で勝った時は、家でお祝いのような形で少し豪華な夕食をした。そこでは父と妹が普段より親しげに話していた。
 これも理解ができなかった。
 ドラマやアニメの世界ではありそうな話だし、妹がスタメンでの勝利は流石に自分も嬉しい気持ちになる。
 それでも日々の争いを考えると、あのように親しげに話すところまで行くのは考えられない。それほど日々の争いはひどい。
 姉が高校3年になったところで、あともう少しで終わると思ったが、今度は妹と父の争いが始まったところで諦めた。
 しかし、姉と同じように妹が高校受験、大学受験に合格したら父と抱きつかんばかりに喜びを分かち合うのだろう。
 SNSを見ていると妹が部屋をノックし、返事をする前にすぐに部屋に入ってきた。
「ねえ、湿布持ってる?」
「あー、ちょっと待ってて。」
 そう言ってから本棚の一番下のカゴの中から湿布を取り出す。
 陸上で怪我をして病院に行ったときにもらったものだ。もう使っていない。湿布をしても効果はあまり感じなかった。
「はい。もうこれ全部あげるよ。」
「ありがとう。」
 そう言って、妹は部屋を出て行った。
 どこを怪我したのだろうかと思ったが、歩き方や、腕の振り方などからは大きな異常は見て取れなかった。それほど大きな怪我ではないと思ったので、わざわざ労力を使ってまで聞こうと思わなかった。

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