青も虹も黒

先導ヒデ

練習 (4/73)

「はい、えー、これから練習を始めていきます。何か連絡のある人はいますか?」
 佐々木が聞くが、手を挙げる人はいない。監督がいるときは監督の挨拶があるが今日はいない。
「はい、連絡とかは特になさそうですね。えー、今日も怪我には注意して練習をやっていきましょう。お願いします。」
「お願いします。」
 いつもの流れで主将の挨拶が終わる。その後所属するブロックごとに集合をする。長距離ブロック長の鈴木の元へ集まる。
「えーと、今日はポイント練習で1000m×5本を間のレストを1分でやります。えーと、設定どうする?」
 佐々木が1年のタイガの方を見る。三年生が引退してから今の長距離ブロックでは5000mの自己ベストが一番速いのは一年のタイガだ。次に速いのが自分でその次がトシだ。
「3分ペースで行きます。」
 タイガか答える。
「おっけー。じゃあ他に3分ペースで行く人—。」
 いつものように鈴木が尋ねる。
「ちょっと、行けるところまで行くわ。」
 自分が手をあげて言う。
 自分と同時くらいにトシが手をあげる。これがいつもの流れだ。
 ペースは大体5000mのレースペースで行う。例えば5000mの自己ベストが15分00秒の場合、1kmのペースは3分00秒だ。今日の1000m×5本のレスト1分のメニューの場合は1000mを3分00秒ペースで行うのが基準だ。
 タイガの自己ベストは今年の十月中旬の15分01秒だ。今は十一月下旬で少し走力は上がっており、タイガにとっては少し余力があるペースだ。自分も十月中旬に15分10秒を出したが、それから怪我をして、今が復帰してから二週間というところだ。正直、最後まではできないと思ったが、現状を知りたったのでタイガについていくことにした。
「おっけー。じゃあ、次の設定どうしよっか。」
 いつものように他のグループの設定タイムを決める。タイガと自分とトシの三人がこの長距離ブロックでは力が抜けている。多少怪我明けで走れなくても、下のグループではペースが遅い。
「じゃあ、今4時40分なので、アップの時間50分とって5時30スタートでいい?」
「大丈夫です。」
「大丈夫。」
 みんなが頷いて、返事をする。
「それでは元気にやっていきましょう。お願いします。」
「お願いします。」
 いつものように挨拶が終わり、ウォーミングアップに向かう。時計のGPSがとれたところでジョグを始める。アップでは3kmほど競技場の中を走る。
 長距離以外の短距離ブロック、跳躍ブロック、投擲ブロックは合同でウォーミングアップをしている。短距離の西島と跳躍ブロックの佐々木を中心に楽しそうにアップをしている。 
 西島が1組、佐々木は3組で、2人とも「イケてる男子」だ。同学年に陸上部が15人おり、長距離ブロック6人、短距離ブロック4人、跳躍ブロック2人、投擲ブロック1人、女子マネージャーが2人だ。西島と佐々木が「イケてる男子」で、女子マネージャーの2人も「イケてる女子」だ。
 4人とは同じ部活であるが陸上の話をたまにするくらいの仲だ。佐々木と西島とは高一の合宿の時に自分の恋愛のことで多く話をしたが、それ以降は日常生活ではほとんど話さなくなった。ブロックが違うと中々交流する機会が少ないのもあるが、少し話しをするのに気が引けるところがある。同じ部活の仲間ではあるが、自分とは住む世界が違う感じがする。
 ジョギングが終わり、ストレッチをする。その後軽く100mの流しを3本入れてアップを終える。
 ランニングシャツとランニングパンツに着替えて、レースシューズに履きかえる。ポイント練習の日はこの流れで準備する。
 200mのスタート地点へ向かう。1000m×5本の流れは200mのスタート地点から走り出し、400mのトラックを2周半してマネージャーのいる400mのスタート地点でゴールをする。そこから60秒のレストの間に200mのスタート地点に戻り再び1000m走るのを繰り返す。
 200mのスタート地点に集合する。
「えー、では集中してやっていきましょう。」
いつものように長距離ブロック長の言葉でポイント練習が始まる。設定タイムが速いグループ順に走るので自分達からだ。1レーンに入る前に誰が先頭を引っ張るかをパパッと決める。
「引っ張りどうしますか?」
 タイガが聞く。
「俺多分、4本目で抜ける。」
自分がいう。
「俺も多分5本はきついと思う。」
続いてトシも言う。
「トシが一本目で、俺が2本目で、タイガが3本目でどう?そうすればタイガ2回先頭でいける。」
 自分が提案する。
 トシの5000mの自己ベストは15分27秒で少し設定が速い。だが、今の自分よりはトシの方が走れると思った。
「俺、2回引けるかな、」
 トシが言う。
「ワンチャン、引けたら俺が前に出るよ。俺もトシもダメだったら、タイガよろしく。」
 自分で言っていて中々ひどいとも思ったが、空気が悪くならないように少しタイガをいじるような感じで工夫をして言った。
「自分は大丈夫です。」
 タイガが答える。
「おけ、じゃあ、お願い」
 自分が言い、トラックの中に入る。緊張で心臓の鼓動が速くなる。ポイント練習の前はいつも緊張するが、今日は久しぶりなのでさらに緊張している。
 トシを先頭に列になる。
 トシが400mのスタート地点にいるマネージャーに手を振る。自分たちが200mのスタート地点を通ったところでマネージャーがストップウォッチを押す。
「それでは、いきまーす。よーい、どん。」
時計のスタートを押し、トシに続いて加速をする。
「ファイトー。」
「ガンバー。」
マネージャーと部員の声が聞こえる。
さらに心臓の鼓動が速くなると同時に、興奮し体に刺激が走る。
 陸上部内でも「普通の生徒A」を演じている。
  しかし、「走っている時」は演じない。仮面を外し、心の鎧を外して走っている。
 特に今日のような1000m×5本のようなポイント練習の時は呼吸が苦しく、日常生活のように無駄なことを考える暇もない。ただ、走ることだけに心も身体も集中する。
 走っていて呼吸は苦しいが、心の呼吸が楽になる。
 籠から解放された鳥になる。

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